新緑の大原散歩
ⅰ 大原の冬景色
京都にこの冬一番の寒気がやって来た1月25日、翌朝の大原は見渡す限りの雪景色でした。
韓紅(からくれない)の欄干が雪原に浮かびあがる里山の風景。
キーンと冷え込んだ青空に北山杉もじっとしたままです。
雪が降る大原でも、こんなに積もるのは久しぶり。
お寺のご住職もびっくりしていました。
南天の木を見つけ思わずシャッターを押しました。
直後に、お堂の屋根から雪がドサッと落ちてきてカメラもリュックもとんだ災難に………。
あれから3か月。
仁和寺の御室桜もすっかり散って、京都に本格的な新緑の季節がやって来ました。
ずっと脳裏に残っていた冬の大原のこと、今回のブログはそんな思いつきからスタートしました。
ところで、「大原」と聞くと、どんなイメージを持たれますか?
こんなメロディーを思い出される方もいると思います。
♬京都 大原三千院 恋につかれた 女がひとり 結城に塩瀬の素描の帯が 池の水面に ゆれていた 京都 大原 三千院 恋につかれた女がひとり♬
調べて見ると、デューク・エイセスがこの歌を歌ったのは、ずいぶん昔の1966年。
それなのに、メロディーが記憶に新しいのはどうしてでしょうか?
きっと、JR東海の「そうだ京都、行こう。」のコマーシャルなどで、イメージソングとして流れているからに違いありません。
この歌を作詞された永六輔さんの碑は、今も大原三千院の参道に残されています。
それから、大原と言えば、もう一人、ベニシア・スタンリー・スミスさんを思い出す方もいると思います。
イギリスの貴族の家に生まれたベニシアさんは、1996年から大原に移住しました。
古民家に暮らしながら、ガーデニングやハーブの世界を日本人に紹介してくれた方です。(☆「ベニシアの手づくり暮らし 春・夏編 世界文化社から)
ⅱ 京都市内の端っこにある大原
さて、とんだ思いつきから大原に出かけたのは4月25日。
比叡山の北西麓、高野川の上流部に位置する大原は、京都駅から北に18kmほど行った山あいの盆地にあります。バスだと1時間10分ぐらいかかって、本当にここが左京区?と思ってしまうほど。まさに″ 京都の奥座敷 ″です。
バスのアナウンスが終着の大原に近いことを告げると、車窓からあさぎ色やもえぎ色、色とりどりの緑の山々が飛び込んできました。
大原の歴史は古く、平安時代のはじめ頃、修練道場として開山した大原寺(だいげんじ)というお寺の名前などが記録に残されているそうです。
お堂の障子からちょっと顔を覗かせているのは、ゆかりの勝林院の阿弥陀如来です。
昔から、大原は京の木材や薪炭の供給地としても有名でした。
山里を散策すると、ところどころに写真のような大原女(おはらめ)のお地蔵さまに出会います。
大原女とは、薪や炭を頭に載せて京の都に行商していた大原の女性のことをいいます。
島田髷(しまだまげ)に手拭いを被り、薪を頭に載せた大原女。
京都に電灯やガスが普及する昭和の中頃まで、街までの長い道のりを行商していました。
ⅲ 新緑の大原散歩
ところで、3か月ぶりの大原はすっかり衣替えしていました。
途中、大原観光保勝会さんのMAPのことを知って、MAPを片手に山あいの道を歩くことにしました。(MAPはホームページからプリントもできます)
少し小さくて見えづらいかもしれませんが、MAPに載っていた6カ所のお寺や神社に青い↑をつけてみました。
印をつけたのは、三千院、実光院、勝林院、宝泉院、出世稲荷神社、寂光院です。
例えば、こんなお寺を目印に散歩すると、里山の風景をいろいろな角度から愉しめます。
おしゃれなカフェやレストランも多いので、お腹が空いたら足休めに立ち寄って見られたらと思います。
それでは、ここから新緑と大原の花々をご紹介します。
バスが終着の大原に着く少し前、新緑の中にひと際鮮やかな黄色を放っていたのは菜の花でした。
大原は、ガイドブックにも紹介される菜の花の名所なんですね。
子供の頃はよく見かけた菜の花も観光地などに出かけないとなかなか見ることが出来なくなりました。
京都では、菜の花や伏見寒咲花菜(ふしみかんざきはなな)のお浸し、辛し和えをいただいて春の訪れを祝う習慣があります。
早咲きのものと遅咲きのものがありますが、春が遅い大原では、上手くいくと4月いっぱい菜の花を愉しむことができます。
三千院さん、勝林院さん、実光院さんに、淡いピンクや真っ白のシャクナゲを見かけました。
地形的に高い場所にある大原は、高山に自生するシャクナゲを多く見ることができます。
シャクナゲは、白やピンクの他にも、赤、少し紫がかった色があって、どちらかというと照明が少ないお寺は、花のおかげて一層明るくなっていました。
「遠くから見るだけで手に入れることのできない、自分にはほど遠いもの」を例えて、「高嶺の花」ということがあります。
この花はシャクナゲのことをさしているのですが、高山にしか自生しないので、なかなか手に入れることが難しいシャクナゲのことと重ねて、日常の中の憧れの対象を、そんな風に表現していたんですね。
里山らしい花というと、大原ではタンポポやシャガかもしれません。
放射状に生えたギザギザの葉がライオンの牙をイメージするところから、英語名はDandelion(ダンディライオン)」。
花の形が太鼓に似ているので、その昔は「鼓草(ツヅミグサ)」と言われていたそうです。
太鼓を叩くポンポンという音から「たんぽぽ」とよばれるようになったとか。
それから、シャガ。大原ではお寺の境内や参道の脇でよく見かけました。
シャガは、アヤメ科の花です。
アヤメ科の花は美しい花が多いですね。
初夏に咲くダッチアイリスやジャーマンアイリス、梅雨時にはハナショウブが観られます。
大原のシャガは、そんなアイリス類の先陣を切って、今が見頃でした。
ほとんどお寺の境内でしか見られないと思いますが、写真のシャクヤクも綺麗でした。
細く枝垂れる柔らかい枝に黄色とオレンジ色が混ざったような、色合いが他の花と変わっています。
春の終わりを告げる花とも言われるヤマブキは、「山吹色」として、その色名が平安時代から使われていたそうです。
時代劇や歌舞伎では、大判小判を「山吹色のお菓子」といったりしますが、たしかにヤマブキは目にもまぶしい鮮やかな黄金色です。
新緑の里山散歩は、緑の鮮やかさと一緒に花々を身近に感じることができる愉しさがありました。
ⅲ 編集後記
ほんの数か月前まで雪の中に何も見えなくなっていた大原は、すっかり様変わりしていました。
実は、もう一つ見たいものがあったんです。それは、あの時、雪景色の中で綿帽子をかぶっていたわらべ地蔵。
三千院の宸殿を抜け、往生極楽院のまわりに広がる有清園という庭園に向かいました。
庭園は13種類ほどあると言われるスギゴケやクロゴケの絨毯で一面を覆われていました。
お地蔵さまは、新緑の絨毯の上で気持ちよさそうに微笑んでいます。
彫刻家、杉村孝さんがつくられたお地蔵さまは、一つ一つのお顔がとても表情豊かです。
そのお顔を見ていたら、ふと、ある方のことを思い出しました。
それは、昨年亡くなられたベニシア・スタンリー・スミスさんです。
ベニシアさんもきっと、このお地蔵さまを見ていただろうなと想像しました。
イギリス人のベニシアさんが大原を通して私たち日本人に教えてくれたことはとてもたくさんありました。
2009年4月からNHKで始まった『猫のしっぽ カエルの手』の中で、ベニシアさんは、四季の愉しみや、自然と共存しながら衣食住を豊かにする工夫を視聴者に届けてくれました。
ベニシアさんのおかげで大原を訪れる観光客はとても多くなったそうです。
京都駅発・大原行の「京都バス17系統」は、時に日本人よりも外国人の姿が多いことがあります。
時間を見つけて、ぜひ大原散歩に出かけて見てください。
拝啓 永 六輔 様
お元気ですか?
大原は、永さんが作詞された頃の里山のままなので、どうぞご安心ください。
でも近頃は、″ 恋につかれた女性 ″ ばかりでなく、大原の魅力を知る様々な旅人も訪れる里山になりました。