伏見稲荷をスケッチ!
ⅰ 外国人に人気の伏見稲荷
世界最大の旅行口コミサイトを運営する「トリップアドバイザー」(Tripadvisor,Inc.)のことをご存知でしょうか?
マサーチューセッツ州に本社のあるオンライン旅行会社で、毎年、世界中の観光地を訪れる外国人から投稿された口コミ情報を集計する「トリップアドバイザー調査」が有名です。
外国人には、日本のどんな都市や観光スポットが人気なのか、とても興味深いですね。
最近の調査だと、TOP10あたりにはこんな観光スポットがあがっています。
金閣寺、清水寺、広島平和記念資料館、厳島神社、東大寺、伏見稲荷大社、兼六園、新宿御苑、姫路城、美ら海水族館、箱根彫刻の森美術館、高野山奥之院……
もちろん、京都も写真の金閣寺や清水寺がランキングされています。
ところで毎年少しずつ入れ替わるTOP10ですが、絶対的な1位、2位にいるのが、伏見稲荷大社と広島平和記念資料館です。
ずっとトップに君臨していた伏見稲荷大社ですが、ここに来て広島平和記念資料館と接戦を繰り広げているようです。
今年は、5月にG7サミットが広島で開催されたので、広島平和記念資料館の勢いはしばらく続くかもしれません。
それでも、外国人に圧倒的な人気を誇る伏見稲荷大社。
今回は、過去に何度か挫折した山歩きを再チャレンジしたいと思います。
ⅱ 「三つ辻」まで
JR奈良線で京都駅から2つ目の伏見駅に降り立ったのは、4月下旬の昼下がり。
まず驚いたのが、ホームの人の多さです。
お正月の初詣や2月の初午大祭(はつうまたいさい)は参拝客でごった返す「お稲荷さん」ですが、普段の何もない平日にこんなに人が溢れているのかと………。
伏見稲荷大社の創建は、708年から715年の和銅年間だったと言われています。
京都盆地の東山三十六峰の最南端・稲荷山にある大社は、はじめ稲を象徴する農耕の神さまでした。
穀物の豊作を願って祀る「お稲荷さん」は、江戸時代に幕府の改革を行った老中・田沼意次が自分の屋敷に社を祀ったことで運が開けたという評判が広まり、商売繁盛や家内安全の神様としてどんどん広まっていきます。
今では、全国に3000近い稲荷神社があってお寺や神社の境内に祀れている「お稲荷さん」の数は、30,000を超えると言われています。
江戸時代には、「お稲荷さん」は街のどこにも見かけたので、『火事、喧嘩、伊勢屋、稲荷に、犬の糞』という流行語まで生まれたほどです。
(※伊勢屋は、商売上手な三大商人の一角、伊勢商人が経営した和菓子屋や呉服屋などの暖簾のことです。ちなみに、三大商人の残りの二つは、大阪商人、近江商人です。)
さて、決意の "伏見稲荷登山″ の始まりです。
MAPだと少しわかりづらいと思いますが、楼門をくぐって外拝殿と本殿を過ぎたところから、千本鳥居は始まります。
すでに本殿のまわりは外国人でいっぱい。ここが日本の観光地とはとても思えません。やっぱり、外国人の人気は本物ですね。
千本鳥居の入口は写真のように二つに分かれていました。
最初の一歩は、何となく足がすくみます。
前を歩いている外国人はどんな思いなのでしょうか? 人が3人ぐらい横に並んで歩ける幅のくねくねした石畳と朱色の鳥居がどこまでも続きます。
ときおり鳥居の隙間から陽が射してきました。でも東山の霊峰は、空気がひんやりとしてどこか下界?と違っています。
ところで、楼門を抜けて千本鳥居をくぐる手前に、何度か、狐の像に出会いました。
よーく見ると口にくわえている物が違っています。
何だろうと思って、後で調べたらこんな意味があるようでした。
伏見稲荷大社に登場する狐は、「稲荷神」という神の使いで神様そのものではありません。(ただ全国の「お稲荷さん」の中には、狐が神様そのものになっているところもあるようです。)
その狐が口にくわえているものは写真の上から順番に、「稲穂」、「巻物」、「鍵」、「玉」です。
「稲穂」は、「お稲荷さん」がはじめて祀られた時の五穀豊穣を表しています。
そして「巻物」は、知恵を表しているそうです。
「玉」は稲荷神の霊徳の象徴とされ、「鍵」はその御霊を身につけようとする願望を表現しているそうです。
日本各地には、そうした狐についての伝承がたくさん残っているようです。
古来より、動物であるきつねを神と信じることは、人間の生命に具わるずるがしこい根性を呼び起こすとも言われていました。
「お稲荷さん」が商売の神様なので、信仰がお金と結びつくことにそうした言い伝えもあったのかと思われます。
「狐」が使われる言葉にも、狐が口から火を吐く「狐火(きつねび)」や、その狐火が複数並んで嫁入り行列の提灯のようにみえる「狐の嫁入り」などがありますね。
尾が九本に分かれている妖怪「九尾孤(きゅうびこ)」のお話をどこかで読まれた方もいるかと思います。
それから、「お稲荷さん」は怖い、そんなイメージをつい持ってしまう社に出くわしました。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の煙の奥に「お稲荷さん」が祀られています。どこかのドラマで見かけたような神秘的な世界です。
でも、専門家のお話を聞くと、怖いとか祟りがあるという言い伝えは噂に過ぎないそうです。
欲にまみれて他人をだましたり、自己のためだけに走るようなことがないよう戒める意味が稲荷信仰にはあると教えてくれました。
気がついたら、「三つ辻」までやってきていました。
ここまで、外国の皆さんと一緒になって「ふうふう」言いながら登ってきました。
空が見えます。
ほんのひととき、青空を眺めて深呼吸。
お茶屋の「三玉亭」さんを見つけて、早速、冷やし飴と稲荷寿司にきつねうどんを注文しました。
お店の中は、一組の日本の観光客の方以外は、みんな外国人ばかりです。
千本鳥居を登って来る途中、英語やフランス語らしき言葉の御札がたくさん並んでいました。
みなさん、どんなお願いをしているのでしょうか? 「お稲荷さん」も、世界中の言葉を勉強しないといけないから大変ですね。
稲荷寿司ときつねうどん、油揚げの甘辛さが絶妙でした!
ところで、この油揚げと狐の関係、こんな言い伝えがあるそうです。
その昔、農作物を作るお百姓さんは作物を食い荒らすネズミに困っていました。
ネズミを好んで食べる狐は、五穀豊穣の象徴だったんですね。
ネズミを退治してくれる狐に感謝して、お百姓さんは、その住処にネズミの天ぷらを置く習慣が広まったそうです。
やがて仏教が伝来して動物の殺生が禁じられると、ネズミの天ぷらは豆腐の油揚げに姿を変えお供えされるようになりました。
「狐の好物と言えば油揚げ」というイメージはそんなところから出来上がったんですね。
ⅲ 頂上へ
さて栄養も補給したし、あと一息です。
「三ノ峰」まで登って来たので、あとは「間の峰」、「二ノ峰」を越したら、稲荷山の頂上「一ノ峰」があるはず。
「あと、20分ぐらい……」、三玉亭さんのご主人の声が脳裏をよぎり、またひたすら登り続けます。
階段の途中で朱色の鳥居に字を入れている方を見つけました。
″ 取材のためか、休息したかっただけなのか(笑)″ お仕事の邪魔をしないようにちょっだけお聞きしました。
お話によると、およそ1000本近くある鳥居の他に、境内にたくさんある社の鳥居も入れると10,000本は超えるそうです。
伏見稲荷大社も、その数は把握できていないほど。
写真のように古くなった文字を新しくしたり、鳥居の修復や建て替えも、1年間に150ぐらい行われるとのことでした。
「二ノ峰」を過ぎた頃、階段の少し上に着物姿の女性が現れました。
今まで全く視界に入らなかった女性の姿。別の登口から来たのかな?
あれ?? (まさか、お狐さん??)
そんなことはありませんね。(笑) 足元には素敵な草履が見えますし…………… よっぽど疲れていたのかな。(笑)
楽しそうな声が聞こえてきました。やっと、「一ノ峰」の頂上に到着したようです。
本殿を出発してからおよそ2時間半ぐらい、途中いろいろ寄り道をしましたが、健脚の人だったら1時間ちょっとのコースだと思います。
それでも、階段に次ぐ階段………個人的には百名山の一つを踏破したような満足感がありました。(笑)
P.S. トリップアドバイザーの口コミに、伏見稲荷大社を選んだ理由として、駅から近い、拝観料がかからない、パワースポット、日本の歴史に触れられる、神秘的……………などがあげられています。
ずーっと以前から生活の中に溶け込んでいた「お稲荷さん」のこと。外国人の「稲荷人気」に背中を押されて、あらためていろいろなことを学んだような気がしました。