お豆腐

  京都には、伏見のお酒造り、京菓子と茶道、そしてお豆腐など水を命としている食文化がたくさんあります。今回はそんな京の食文化の中からお豆腐のことを調べてみました。

 

ⅰ 鬼平犯科帳とお豆腐

 池波正太郎さんの時代小説「鬼平犯科帳」や「剣客商売」には、長谷川平蔵や秋山小兵衛が密偵や気のおける仲間と酒を酌み交わし料理に箸を付けるシーンが多く登場します。

 特に平蔵が密偵たちと「五鉄」で軍鶏鍋(しゃもなべ)を囲むシーンは、盗賊を捕える緊迫した雰囲気の中で、少しだけ気を許しほっとする池波文学の真骨頂だと思います。相模の彦十が、「てっさん、いや、長谷川様……」と語りかける場面に観ている方も、ついつい感情移入してしまいます。

【写真】とようけ屋山本さんの寄せ豆腐

           

理に舌鼓を打つシーンが多い池波さんの小説ですが、お豆腐が料理の食材として使われているものが多いことに気がつきます。

  軍鶏鍋の焼豆腐だけでなく、菜飯ととうふの田楽(「めんびきのお富」) 、白魚と豆腐の小鍋だて(「暗剣白梅香」) 、蛤と豆腐とネギの小鍋だて(「一本眉」) 、栗飯と豆腐汁(「お雪の乳房」) 、茶飯とあんかけ豆腐(「あきれた奴」) ……。

  長谷川平蔵が活躍した時代、江戸には、台東区根岸の豆腐料理屋「笹の雪」や両国橋の東詰に「淡雪豆腐屋」などがあったそうです。両国が相撲の見物客で賑わっていた当時、淡雪豆腐は口の中でとろける触感が雪のようだとその名前がついて庶民の評判だったようです。

 実は「笹の雪の絹ごし」は初代が京から出てきて始めたらしいのですが、江戸豆腐をひいきにしていた滝沢馬琴も京都の豆腐には一目置いていたとのことでした。

顔マーク馬琴は白みそが嫌い ?  『南総里見八犬伝』を書いた滝沢馬琴が、南禅寺の湯豆腐を評して、「南禅寺豆腐は江戸の淡雪におとれり」とけなしたとのこと。馬琴は京の豆腐はお気に入りだったのですが、白みその味が苦手だったとか?

 

ⅱ 北大路魯山人の言葉

北大路魯山人は、京都生まれの陶芸家、書家など多彩な経歴を持つ人で料理の研究家でもありました。魯山人は、著書「美味い豆腐の話」 (初版1933) の中で豆腐のことをこんな風に書いています。

『 美味い湯豆腐を食べようとするには、なんといっても豆腐のいいのを選ぶことが一番大切である。いかに薬味、醤油を吟味してかかっても、豆腐が不味(まず)ければ問題にならない。そんなら、美味い豆腐はどこで求めたらいいか? ズバリ、京都である。

 京都は古来水明で名高いところだけに、良水が豊富なため、いい豆腐ができる。また、京都人は精進料理など、金のかからぬ美食を求めることにおいて第一流である。そういうせいで、京都の豆腐は美味い。

 一方、東京では、昔、笹乃雪などという名物の豆腐があった。これもよい井戸水のために、いい豆腐ができたのだが、今は場所も変わって、わずかに盛時の面影を偲(しの)ぶばかりだ。東京は水の悪いことが原因してか、古来、豆腐の優れた製法が研究されていない。そんなわけで、昔も今も東京で美味い豆腐を食べることはまず不可能だ。それに、よい豆腐を美味く食うための第一条件であるいい昆布が、東京では素人の手に入りにくいから、なおさらむずかしい。

 それなら、京都の豆腐は今なおどこでも美味いかというと、どっこい、そうはいかない。今日では水明の都でも、水道の水と変わり、豆をすることは電動化して、製品はすべて機械的になってしまったのみならず、経済的に粗悪な豆(満州大豆)を使うようになったりなどして、京都だからとて、美味い豆腐は食べられなくなってしまった。』 (「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所2008)

魯山人は「美味い豆腐」が良質の水でできると力説しています。京都のお豆腐は、良質な水と職人さんのお豆腐作りへのこだわりがマッチして出来上がったんですね。

【写真】近喜さんのくみだし豆腐

   

 顔マーク少しだけ脱線ですが……楠見先生のお話   先生のお話によると、京都は南北33km、東西12kmに及ぶ京都盆地の下にある豊富な地下水があって、その地下水の量は、琵琶湖の水量に匹敵するそうです。御所がはじめに在った朱雀大路(千本木通り)の北から東側(左京区の方)へ移っていったのは、右京区付近は粘土層が 多く、左京区は砂礫が多く良質の地下水が多かったことなども影響するとのことです。 (「古都1200年の雅を支えた地下水の解明~それは豊饒な地下水に秘められていた!~」関西大学都市工学教授・楠見晴重 ) ☆都人(みやこびと)とお豆腐作りは、地下水が豊富な東へと磁石のように引っ張られていったのでしょうか? 

 

ⅲ 京豆腐あれこれ

  京都の独特な地形の中で長い年月をかけて育まれた「京豆腐」。正式には、「京とうふ」として登録されています。どんなお豆腐があるのか、京都府豆腐油揚商工組合のホームページから探ってみることにしました。

 豆腐の種類は、「木綿豆腐」、「ソフト豆腐」、「寄せ豆腐(おぼろ豆腐・ざる豆腐)」、「絹ごし豆腐」、「充填豆腐」に分類されます。(焼き豆腐、油揚げ、厚揚げ、がんもどきは、「豆腐加工品」になるようです。)  

 

最も古くから一般的な「木綿豆腐」の製法は次のとおりです。

Ⓐ凝固 ➡ Ⓑ崩し ➡ Ⓒ型入れ・圧搾 ➡ Ⓓ型だし・水晒し・カット

  はじめに、絞った豆乳に凝固剤を入れ、豆腐状に固まったものを用具を用いて「くずす」。これは、豆腐に取り込まれなかった水分や油分(上澄み=「ゆ」)を分けやすくすることと、次の工程の型箱に入れやすくするために行うそうです。ⒶとⒷ

  型箱には孔のあいたものを用い箱の中に布を引いておき、蓋をして上から圧力を加えると、箱の穴から「ゆ」が出て豆腐が形作られるそうです。

  こうして型箱の中で成型された豆腐を水槽に取り出し、水晒しを行い、一定の大きさに切り分け(カット)て木綿豆腐は出来上がります。

「ソフト豆腐」は、木綿豆腐の工程中、あまり崩しを行わないで、また圧搾を少なくして「ゆ」をあまりとらないで仕上げたものだそうです。

【写真】久在屋さんのおぼろ豆腐

   「寄せ豆腐(おぼろ豆腐)」は、木綿豆腐の工程中、型箱に入れる前の「寄せた状態」のものを製品化したものだということです。圧搾したり晒(さら)したりしないので木綿豆腐とは一味違った触感・風味です。寄せ豆腐をおぼろ豆腐と呼ぶのは、おぼろ月夜のもやもやした状態に似ているからとのことでした。 (ちなみに、喉ごしは、もやもやなどしていなくて、濃厚な和風プリンです。笑)

 

久在屋さんのおぼろ豆腐    ☆張りがあってプルンとしています。あらためて、「お豆腐ってこんな味がするんだ‼」と驚かされました。

 

 

【写真】京仁助豆腐さんのきぬごし豆腐  

「絹ごし豆腐」は、木綿豆腐のように寄せ桶の中で撹拌したり崩したりせず、そして圧搾も「ゆ」をとることもしません。穴がなく布を引かない型箱に凝固剤と熱い豆乳を流し込み、均一に混ぜて一定の時間静かにおきます。そうすると、あの柔らかで滑らかなお豆腐が生まれるんですね。

 「充填豆腐」は充填絹ごし豆腐とも呼ばれ、圧搾や「ゆ」をとらないのは絹ごし豆腐と同じですが、はじめに冷却した豆乳を凝固剤と一緒に1丁ずつ容器に充填し加熱して凝固させ大量に作っても日持ちが良いことに特徴があるそうです。※京都府豆腐油揚商工組合「豆腐の種類」からhttps://tofu.or.jp/trivia/variety/

【写真】京とうふ藤野さんの葛とうふ 

 

  ちょっと街中を歩くと、本当にいろいろな種類のお豆腐がお店の店頭に飾られていることに気がつきます。青碧豆腐(あおどうふ)の近喜さん、青竹豆腐(久在屋きゅうざや)、寄せ豆腐のとようけ屋山本さん、葛とうふの京とうふ藤野さん、絹ごし豆腐の京仁助豆腐さん、おぼろ豆腐の久在屋さん…………まだまだご紹介できない美味しいお豆腐屋さんがたくさんありました。

  嵯峨嵐山の清凉寺そばにある白豆腐や辛子豆腐も美味しい嵯峨豆腐森嘉さんを訪れた日は定休日で残念ながら楽しみにしていたお豆腐に出会うことができませんでした。またの機会にと思っています。

 高瀬川小橋のたもとにある近喜さんを訪れた日は穏やかな秋晴れでした。買い求めた青碧豆腐(あおどうふ)を早く食べたい衝動にかられながら、ぐっと我慢して、そっとリュックへとしまいました。笑 

 

 

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