お麩
ⅰ お麩
京都には、お麩を専門にあつかうお店が幾つかあるのですが、これまで、暖簾をくぐったことはありませんでした。
京都市東山区上人町にある「半兵衛麩」さんの茶房を訪ねたいと思いお麩の下調べをしていたら、「アスレシピ」というアスリートの方のスポーツ栄養・食育サイトで、こんな記事を見つけました。
それは、アスリートの中川真依さんが、″麩のパワー″ について書かれた記事です。
中川さんは、2008年の北京オリンピックで11位、2012年のロンドンオリンピックで準決勝進出と、日本の飛び込み競技をけん引された方です。
(以下、中川さんのコラムからの抜粋です。)
お麩は高タンパク低カロリー。小麦粉に含まれているグルテン(タンパク質)でほぼできている自然食品だ。焼き麩には、ご飯の約10倍、豆腐の約5倍の植物性タンパク質が含まれており、離乳食に使えるほど、消化率にも大変優れている。
そして、タンパク質の合成や免疫力の維持に必要な「亜鉛」、子供の成長には欠かせない「アルギニン」も豊富に含まれている優れもの。
さらには、アミノ酸の一種である「グルタミン酸」が焼き麩100グラム中10600ミリグラムと、肉や大豆など身近な食品の中で群を抜いているというから驚きだ。(アスレシピ コラム2021/02/18) https://athleterecipe.com>column>articles
現役時代に、高タンパク低カロリーのバランスの取れた食事を心がけていた中川選手も、お麩のパワーを知ったのは、現役を引退された後だったそうです。
記事には、もしも現役時代に知っていたら、「きっとお麩ばかり食べていた」とも書かれていました。
ほとんど知らなかったお麩のパワー。中川さんの記事は、これから始まるお麩探検に、心強い応援団です。どんなお麩の世界が待っているのか、どうぞ、ご期待ください。
ⅱ 半兵衛麩さん
半兵衛麩さん、お店の外観。(暖簾にある「京麩」は、お店の登録商標です。)
お麩の専門店『半兵衛麩』(はんべえふ)さんの茶房は、五条大橋のたもとにありました。
お店の創業は、1689年(元禄2年)。初代の玉置半兵衛という方が、宮中で学ばれた技術を生かしお麩のお店を始められたそうです。
茶房の開店を待っている間、すぐ隣にあるお店で、なま麩や、やき麩のことをいろいろお聞きしました。
お麩のことを書いた江戸時代の料理献立。お麩の長い歴史が紹介されています。
半兵衛麩さんが創業330年に作られたしおりに、こんなことが書かれていました。
「室町時代に仏教とともに日本に伝わった麩。古くから殺生禁断の修行僧の貴重なたんぱく源として精進料理には欠かせない食材として重宝されてきました。…………」
そして、お麩は、江戸時代中頃には、庶民にも広まり、茶会記や料理本などにも「ふ」が登場してくるそうです。
店内の様子。綺麗な朱色のカウンター席に、思わず、背筋が伸びて(笑)………。
11時になると、お店の方から声がかかり、一緒に茶房へと向かいます。案内された席は、少し大きめの椅子に、広々としたカウンターです。
どこかのホテルのバーラウンジのような佇まい。いったい、これからどんな展開になるのか、楽しみと緊張感と………。
やがて、半兵衛麩さんの「むし養い料理」が運ばれてきました。
他のお客様が訪れる前だったので、ゆっくりと写真を撮ることができました。
それでは、お料理をご覧ください。お店の方に教えて頂いたことや、半兵衛麩さんのホームページとその他の資料から、お麩のお話も書き留めました。
「むし養い料理」の最初に出された「縁高」。(これから、いろいろなお麩料理をいただける期待感が高まります。)
「むし養(やしな)い」とは、京言葉でお腹の虫を養う軽い食事という意味があるそうです。
お腹が空いてグーと鳴るのを穏やかにする………そんな意味合いでしょうか。
最初のお料理が縁(ふち)の少し高いお膳にのせられてきました。
なま麩田楽-あわ麩・ごま麩-(なま麩の食感がお味噌とマッチして絶妙でした。)
田楽には、白みそ、赤味噌、木の芽みそが、のせられています。
なま麩は、小麦たんぱくにもち粉を加えて作ります。
生地に、ごまなどの副材料を混ぜて蒸しあがったら、冷たい水で冷やすと、なま麩の出来上がりです。
もっちりとして柔らかで弾力感のある食感だから、田楽にすると何本でも食べられる感じでした。
利休坊と季節の花麩
お麩に「利休」とつくのは、茶人千利休が好んだお麩ということらしいです。
半兵衛麩さんには、きくらげ、銀杏、ゆり根を生地で包んだ丸いなま麩の「利休坊」と、生地にきくらげを練り込んだ「利久麸」の二つがあるそうです。
どちらも茹でた後に、油でさっと揚げて油抜きしてあるとのことでした。
竹麩の山椒風味
鮮やかな色をした竹麩に食欲がそそられます。
一つ口に入れると、山椒の香ばしい味が口いっぱいにひろがりました。
縁起物の竹は、お正月にもピッタリなので、半兵衛麩さんで紹介されているレシピには、あわ麩の昆布巻きと一緒に竹麩が登場します。
麩まんじゅう(笹をほどくと、もっちりしたおまんじゅうが登場します。柔らかいなま麩の食感を楽しめました。)
⇦ 二つに切ってあるのは、お土産に買って帰った麩まんじゅう。
こし餡をなま麸で包み笹の葉で巻いてあります。
もちもちした食感が他のお饅頭とは違う、半兵衛麩さんならではの一品だと思いました。
仕出し料理や行楽弁当の一品としてつくり始められたそうですが、お土産にも人気の麩まんじゅうは、主力級の存在感だと思います。
丁子麩・きゅうりの酢の物(きゅうりや白ごまとあえたお麩は、食材の旨味がつまっていました。)
⇦ 丁子麩(半兵衛麩さんのホームページから)。左上の長方形です。
丁子麩(ちょうじふ)は、一粒ずつ整形して焼き上げた長方形のやき麩のことです。全国でも、京都と滋賀が産地になっているようです。
半兵衛麩さんでは、自然に膨れるよりも小さな型に入れて焼き上げるため、きめ細やかな中身が詰まったお麸になるとのことでした。
その麩が刻まれ、きゅうりや白ごまとあえて小鉢にのっている姿は、あの丁子麩??と思ってしまいます。(とっても香ばしい、一品でした。)
なま麩のしぐれ煮(牛のしぐれ煮………と言われても。お酒のつまみにもいいですね。)
しぐれ煮をいただいた時、お麩が、肉食厳禁のお寺で生まれた精進料理であることを実感しました。
動物性のものを使っていないのに、なま麩のしぐれ煮は、牛のしぐれ煮と錯覚してしまうほど。
半兵衛麩さんで食さなければ、これをお麸だと思う方はきっといないと思います。
やき麩と生ゆばの煮いたん(お麩に御だしがしみて、口に入れると、何とも言えない豊潤な味わいを堪能しました。)
関西では、「炊く」と「煮る」では調理方法が異なるそうです。
「炊く」は食材にひたひたの出汁や煮汁を加えて加熱し、出汁や煮汁を食材に含ませる調理法、「煮る」は食材にたっぷりの出汁や煮汁を加えて加熱する調理法。
⇦ お店にやき麩が飾られていました。右側の長い棒を輪切りにしたんですね。
半兵衛麩さんの「煮いたん」(たいたん)も、たっぷりの出汁で調理されたのかな? 厨房の中にも興味は広がっていきます。
なま麩とは違う食感のやき麩ですが、だし汁がしみてふんわりとした食感を楽しむことができました。
汲みあげゆば(とろけるようなゆばをスプーンでどこからすくおうかと躊躇しました。御だしの味も格別………ぜひ直接、味わって下さい。笑)
豆乳が固まる直前に汲み上げた生ゆばということでした。
とろとろの食感と大豆の甘みが伝わってきます。
夏は、冷たいまま、わさび醤油や生姜醤油でいただいても美味しいとのことでした。
揚げ物-小巻ゆば・ふきよせ麩・白玉麩-(この麩菓子、食べるのが少しもったいないなと思いました。笑 お店には、ふきよせ麩の他にも、季節の花麩が置かれています。これからだと、梅の花麩と、さくらの花麩です。)
ふわっと、さくさくな食感が女性の方に好かれているんですね。
なま麩生ゆばのみぞれ椀(半兵衛麩さんでは、粉にしたやき麩を衣にして、なま麩やゆばを揚げているそうです。お店の人気メニューとのこと。レシピが紹介されていました。https://www.hanbey.co.jp/recipe/detail.html?id=233
あわ麩、よもぎ麩、なま小巻湯葉にやき麩を粉にしてまぶしたものを、170℃ぐらいで揚げるそうです。
その昔、お麩のご商売は、なま麩を扱うお店と、やき麩を扱うお店がわかれていたそうです。
半兵衛麩さんは早くから、この二つを一緒に商いをされていたと聞きました。
よもぎ麩白みそ仕立
よもぎ麩のもちもち感と一緒に、白みそのコクが伝わってきました。
ちょっとだけお麩の上にのった、からしが白みその甘みにアクセントになっている感じです。
半兵衛麩さんでは、田楽にあうお味噌も作られています。
お麩という食材をどんな風に生かすのか、その工夫には終わりがないんですね。
柚子ゼリー(エスプレッソコーヒーを飲むカップでしょうか。ゼリーの上にちょこんと浮かんだ香りに、半兵衛麩さんの心遣いを感じました。)
白玉生麩の柚子ゼリーです。
柚子は、初夏に花が咲いて、秋から冬に果実を収穫すると聞いたことがあります。
京都は京丹波町の柚子が有名ですが、半兵衛麩さんの季節への心遣いを感じました。
ⅲ 編集後記
はじめての「お麩」体験は、あっという間に終わってしまいました。
お店の方から、お麩の作り方や、季節ごとの素材の違いなどを聞きながら、奥深いお麩料理を堪能することができました。機会があったら、ぜひ、茶房の暖簾をくぐって、「むし養い」を召し上がって頂けたらと思います。
半兵衛麩さんのホームページに、こんな記載がありました。
「小麦粉、もち粉、水、シンプルな原材料で作る麩は、一つ一つの材料の品質が大切です。産地にこだわらず、もっとも美味しく、安心・安全な麩をつくれる材料を厳選しています。保存料、防腐剤、化学添加物は使っておりませんので、お子様も安心してお召し上がりいただけます。」 (「素材を厳選して」原文のまま https://www.hanbey.co.jp)
さりげなく書かれたメッセージの中に、「産地にこだわらず……」という言葉を見つけました。
ふと、昨年書いた「お豆腐」(2022.11.15)の中の、北大路魯山人の言葉を思い出しました。
『美味い湯豆腐を食べようとするには、なんといっても豆腐のいいのを選ぶことが一番大切である。いかに薬味、醤油を吟味してかかっても、豆腐が不味(まず)ければ問題にならない。そんなら、美味い豆腐はどこで求めたらいいか? ズバリ、京都である。京都は古来水明で名高いところだけに、良水が豊富なため、いい豆腐ができる。……………』 (『美味い豆腐の話』から)
半兵衛麩さんは、魯山人の「豆腐のいいのを選ぶ」を、「お麩のいいのを選ぶ」ために、長い年月の中で素材を吟味し、研究を重ねてこられたんだと、あらためて気がつきました。
半兵衛麩さんのひな人形は、三月の桃の節句と、九月の重陽の節句に飾られるそうです。(明治と大正に作製された二つのひな人形に、時間の流れを感じました。)
お麩を作るには、たくさんの水が必要です。半兵衛麩さんの京都工場では、京の町の下を流れる「伏流水」を、美山工場では、山からの「湧水」を使っているそうです。
国土が山岳に富んでいる日本では、京都盆地の下にも、軟水でミネラルの多い水が、琵琶湖の水量に匹敵するほど、豊富に眠っていると言われます。
伝統に甘えることなく、「もっとも美味しく、安心・安全な麩」を作るため、その叡智を注がれてこられたこと………また一つ、大好きな京都に、触れた思いがしました。