おばんざいと京都
ⅰ おばんざい
☆写真は、『めなみ』さん(三条木屋町)のおばんざい料理をご紹介しています。 最初は、「夏野菜炊合せ」。
社会人になったばかりの頃、出張した京都で仕事が終わり、先輩と一杯やろうと夜の街に出かけたことがありました。
暖簾の隅っこで一服していた親父さんに、「おばんざいのお店、どこかいいとこありますか?」と話しかけました。
親父さんは、「兄さん、おばんざいって、こっちのおかずのことやん。うちもたくさんおいてるよ」とにっこり。
おばんざいが、何なのかもよくわからなかった頃の懐かしい思い出です。
☆「賀茂なす揚げだし」 なすの果肉が出汁をいっぱい吸って美味しかったです。
「おばんざい」の名前が世の中に初めて登場したのは、1964年1月4日の大村しげさんが書かれた朝日新聞のコラムだったと言われています。
料理研究家の杉本節子さんは、あの『杉本家住宅』を生家とされていた方ですが、おばんざいのことをこんな風に書かれています。
杉本家住宅👉 https://www.sugimotoke.or.jp/
☆「だしまき」 きれいに巻かれているのに、だしまきは出汁が浸みてふっくらと。関東では砂糖の入った甘いだしまきが主流ですが、薄口しょうゆに大根おろしを添えて頂くとお酒もすすみそうですね。
「おばんざいは、四季折々の滋味に富んだ京野菜を中心とした旬の食材や乾物を使い、お金をかけんと手間をかけ、安い材料も端っこまで使い切り、作ったもんは残らんように食べ切って、出来るだけ食べもんを捨てんようにする。そんな、使いまわしの工夫が凝らされた料理です。
無駄をなくすことを『始末する』という言葉におきかえ、分相応に、足るを知り、贅沢をしすぎんようにという心がけが、おだいどこを預かる京おんなの暮らしの矜持です。」
(https://kyo-unagu.city.kyoto.lg.jp/shokubunka/column/sugimoto/ 『おばんざい』のこと)
☆「炒りとうふ」 このメニューは、京の食材がふんだんにあって、おばんざいの代表格だと思います。京都の椎茸というと南山城村?……一つ一つの素材が気になりますね。笑
今回のブログ『おばんざいと京都』では、おばんざい料理のお店『めなみ』さんのお料理を掲載しています。
三条通から木屋町通へ上がったすぐそばに『めなみ』さんはあります。
おばんざいが生まれたお店の雰囲気も見て頂けたらと思います。
☆『めなみ』さんのカウンターにずらりと並べられたおばんざい。カウンターの中では板前さんが手際よく、お客さんの注文に答えていました。
ところで、京都の家庭では、ご飯に旬の野菜や魚、乾物、大豆加工品がお膳にのって、副食に漬物が加わる一汁三菜が基本だと言われています。
☆「たこ旨煮」 タコの漁獲というと、北海道、二番目が兵庫県です。もしかしたら、このタコはあの『明石のタコ』でしょうか? お店に並べられたおばんざいの中で、しっかりと出汁に浸かったタコがひと際、存在感を放っていました。
四条河原町のそばにある錦市場を歩くと、賀茂なすや九条ねぎに壬生菜の京野菜、お豆腐や生麩に湯葉、シイタケなどが四季折々に並べられていました。
「京の台所」錦市場の食材は、いろいろなおばんざいに変身します。 春は菜の花のおひたし、若竹汁、たけのこ直かつお煮、ちりめん山椒。
夏はなすの田楽、にしんとなすの炊いたん、かぼちゃの炊いたん、鱧ときゅうりの酢の物。
☆「活きあゆの塩焼き」 水のきれいな京都では鮎もおばんざいとして家庭の食卓にのります。上桂川や賀茂川でも鮎漁は行われています。『めなみ』さんの今晩の鮎は、琵琶湖で獲れたものでした。
秋だと小芋の炊いたん、いきのごま 酢和え、栗ご飯、きのこの炊き込みご飯。冬は水菜と油揚げのはりはり鍋、ふろふき大根、かぶら蒸し………。
それから、ひじきと油揚げの炊いたん、高野豆腐の炊いたん、切干し大根の炊いたん……のように、一年を通じて食卓に並ぶおばんざいもあります。
☆「とうもろこしかき揚」 表面がカリッとしているのに、口の中にいれるとスイートコーンの甘みがいっぱいに広がります。普段はあまり見かけることのないお料理ですが、8月のおばんざいの定番です。
先程の杉本さんのコラムに、 おばんざいを知るこんな言葉がありました。
「京おんなたちは、倹(つま)しくしながらも、食材への感謝の念を忘れず、そして、家族の健康や家の繁栄を願う気持ちを込めながら、刻みもんをしたり、煮炊きもんをしてきたのです。
祖母、母がこしらえてくれた毎日のおかずは、飾らん、気取らん、気張らん料理。地味で飾りけの無いみてくれでしたけど、きれいになり過ぎひんところにこそ、家庭の手料理のよさがあるのです。」(杉本さんのコラムから)
ⅱ おばんざいを生んだ京の食文化
☆お料理の注文が入ると、手際よく準備に入ります。カウンターに腰かけていると、京都のご家庭にお邪魔している雰囲気を愉しむことができました。
今、おばんざいは京都人の食卓を飛び越えて、たくさんの旅人のお腹を満たしています。
ここからは、京都の食文化が育まれた背景を探って、おばんざいの魅力に近づきたいと思います。
☆「魚出汁にゅうめん」 にゅうめんは、そうめんを温かく煮て食べる奈良県の郷土料理だったそうですが、おばんざいの中では欠かせない一品です。魚の出汁がとっても美味しいのと、あっさりしているので晩の食事が進みますね。
京都の食は、おばんざいの他に、おきまり料理、行事食、儀礼食、お寿司、麺類、丼物など、幾つかの分類があるようです。
「おきまり料理」は、あまり聞きなれないのですが、毎月「何の日に何を食べる」という料理で、商家などで引き継がれて来たものらしいです。
「行事食」というのは、暦や年中行事に合わせて作るものです。同じように「儀礼食」は、婚礼や還暦などの節目に食べることになっています。そして「すし」はハレの日のご馳走、さば寿司が有名ですね。
☆「焼万願寺ししとう」 京都の家庭では、とうがらしやししとうを買うと直火で焼くと聞いたことがあります。肉厚のししとう、甘みがあって花かつおとの組み合わせがピッタリでした。
それから、「京料理」という呼び方ですが、これは″ おもてなし料理 ″ のことを総称していると聞いたこともあります。
いろいろな呼び方がある京都の食事。
よく聞くものもあれば、あまり聞きなれない料理もありますが、こんなに様々な食文化はいったいどうして生まれたのでしょうか?
その背景を探ってみると、幾つかヒントになることがありました。
その1つは、京都の歴史。 794年に桓武天皇が都を京都において、この街には、これまで以上に、食文化が海を渡ってやってきました。そして、大きな都には、貴族や武士、お坊さん、商人や職人さんまで様々な職業の人が住むことになります。
☆「はも天ぷら」 鱧というと、京都。でも産地は紀伊半島の南や瀬戸内海だったりします。実は、京都の職人さんが骨切り技術をあみ出したとか。夏は鱧おとしや鱧きゅうが食卓を飾ります。天ぷらの鱧はカラッと揚げられていて甘みがありました。
職業が違うと生活のルールも違います。例えば、おばんざいの食材を無駄にしないという調理方法には、仏様の自然や命への感謝の気持ち、武士や町衆の質素倹約が日常の生活に浸透していった気がします。
貴族や武士に広がっていった茶の湯や生け花の生活文化も、しだいに京都の家庭の中でも愉しめるような空間が生まれました。
☆『めなみ』さんのお料理の数々。季節ごとにたくさんのおばんざいが登場して、メニューを見ているだけでもワクワクします。
『めなみ』さんのおばんざいも、さりげない漆器や陶磁器の美しさがお料理に華を添えていました。
京都の食文化は、お料理とそのしつらえがトータルになっているんですね。
☆「はものしぐれごはん」 刻んだ鱧やかんぴょうが出汁で味付けされた『まなみ』さんのしぐれごはん。思わずおかわり!と言いたくなります。出汁と季節感を大切にするおばんざいでは、一年を通していろいろなしぐれ(時雨)ごはんが食べられます。
そしてもう1つ、京都の食が生まれたきっかけ、それは京都の地理と自然にあるのではないかと思います。
今のように食材の保存技術や製造技術が充実していない時代、新鮮な食材をどれだけ家庭に届けられるか、京都人の知恵がおばんざいを生んだのではないでしょうか。
ブログ 『さば』 (2023年1月27日)でお届けした都人と近江商人の商売も、海に面しているのが若狭湾の舞鶴や天橋立ぐらいしかない京都にとっては、新鮮なお魚を食べることができる起死回生のビジネスモデルでした。
☆「お漬けもの盛合せ」 京都に出かけるとお土産に真っ先に買うのがお漬物。ぬか床を持っている京都では、家庭ならではの漬物が出てきます。茄子は歯ごたえと果肉に味が浸みてとても美味しかったです。
『半兵衛麩』さん(『お麩』2023年2月28日投稿)の「むし養い」という京料理には、素材を大切にし出汁づくりに時間をかける京都人の知恵がたくさん詰まっています。
宮廷の料理人だった玉置半兵衛さんというご当主は、その技を京都の町衆にも広げていかれました。
京都の長い歴史は、たくさんの要素が幾重にも重なりあって、様々な京都の食文化を育んでいったんですね。
半兵衛麩さんの茶房👉 https://www.hanbey.co.jp/
ⅲ 編集後記
杉本さんのコラムの中に、こんな一節がありました。
おばんざいという言葉がテレビで聞かれるようになった昭和50年代、杉本さんは、御祖母様に「うっとこ(自家)では、おかずのことをおばんざいて、いわへんの。」と訊ねたそうです。
杉本さんの質問に対して、御祖母様は「おかずていうてるねえ、昔から。」との返事。
杉本さんと御祖母様のやりとりに、こんなことを感じました。
京の食文化は先程のお話のように、いろいろな職業の人が作ったルールと京都の自然の条件の中で今日に至りました。
おばんざいも、そうした背景の中で、京都の一つ一つのご家庭から生まれてきたものです。
いろいろな要素がたくさん詰まって工夫されたおかずなのですが、それは誰にも邪魔されないその家庭のonly oneなんですね。
きっと、杉本さんのお祖母様にとって、そのおかずをどんな風に呼ぶかは、あまり関係のないことだと思われていたのでは………………。
京都に出かけたら、″ どこかの ″ お店の暖簾をくぐって、ぜひ、おばんざい料理を愉しんでみてください。
御料理『めなみ』
京都市中京区木屋町三条上ル中島町96 TEL/FAX 075-231-1095
営業時間 1500-2200 定休日 水曜日 http://www.menami.jp