嵐電物語
ⅰ 「らんでん」に乗って。
『嵐電(らんでん)』は、四条大宮駅から嵐山駅を結ぶ嵐山本線と、北野白梅町駅から帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅を結ぶ北野線の二つの線を走る路面電車です。(一部区間は専用軌道になっています。)
嵐山線の開業は1910年(明治43年)、北野線の開業は1925年(大正14年)。両方を足してもその営業キロは11kmしかありません。
昔、全国にはたくさんの路面電車が走っていましたが、今では22路線の路面電車が運行を続けるだけになりました。
今回は、懐かしい「チンチン」の警笛の音を思い出していただきながら、嵐電の街を散策する企画です。
ⅱ 駅のまわりには、こんな風景が。
ここからは、嵐電を3つのエリアに分けて魅力のスポットをできる限りアップしてみました。
その1. 四条大宮駅から帷子ノ辻駅まで
スタートの四条大宮駅は、四条通と大宮通の交差するところにあります。
すぐ西側を南北に走る千本通は、京都の都ができた頃、内裏(だいり、天皇のお住まい)へとつながる朱雀大路があったところでした。
駅のそばにある餃子の王将は、今や全国区になったこのお店の1号店。
駅の少し南には、新選組が屯所にしていた写真の八木邸や壬生寺(みぶでら)があります。
今もたくさんの新選組ファンがここを訪れ、また10月に開催される壬生狂言は、京都の風物詩。
ところで、四条大宮駅の次の西院駅、「さいいんえき」と読まずに「さいえき」と読みます。
近くを走る阪急線の西院駅が「さいいんえき」と読むのに………こんな読み方の違いも京都の長い歴史に所以があるようです。
西院駅には、近くに「賽(さい)の河原伝説」も残っているのでゆっくり散策しながら、歴史の謎解きをしてみるのも愉快だと思います。
四条大宮駅の北にある二条城。1867年、15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行った場所でした。
今はお城の見学だけでなく、春の桜や秋の紅葉とそのライトアップもおすすめです。
西大路三条駅や山ノ内駅、太秦天神川駅のホームは写真のように道路の真中にあったりします。
嵐電に日常的に乗車する人は慣れたもの。
でも初めて乗ったら、こんな小さなホームにポツンと立ってて大丈夫?
ついそんなことを思ってしまいました。
京都の人は知らないという人がいないというパン屋、志津屋さんの本店は山ノ内駅から少し歩いたところ。
一番人気の元祖ビーフカツサンドを注文してみました。
ソースが軽ーくのった感じで、ビーフカツのサクサクした食感が絶妙です。
写真の鳥居、どこか妙な感じがしませんか?
実は木島神社にある三柱(みはしら)鳥居。この神社は、蚕ノ社(かいこのやしろ)と呼ばれ、嵐電の駅名にもなっています。
正三角形に配置された中央に組石の神座があります。ここが宇宙の中心を表すそうです。
ところで、嵐電の駅には「蚕ノ社」のようにユニークな名前の駅が幾つもあります。太秦広隆寺駅の次の停車駅、帷子ノ辻駅もその一つ。
読み方は「かたびらのつじ」。「帷子」とは夏に着るひとえの着物のこと。
その昔、嵯峨天皇の皇后・檀林(だんりん)は、とても美しい女性で大勢の男性が恋い焦がれ、修行の若い僧たちもその中にいる始末。
皇后はそのことを憂え、仏教が説く諸行無常の真理から、自分が死んだら遺体は埋葬せずに、辻(つじ)に捨てるように遺言しました。
遺言のどおり、遺体が捨てられた辻が「帷子ノ辻」が呼ばれることに。人々はその姿を見て世の無常を悟ったといいます。
帷子のお話でちょっと行き過ぎました。1つ前の駅、太秦広隆寺駅へスイッチバック。
写真の駅のホーム、よく見るとホームとお家の玄関がつながっています。
この光景に、昔流行った「玄関開けたら2分でごはん」を文字って、「玄関開けたら5歩で嵐電」と書かれていた紀行文を見つけました。なかなか、上手いこといいますねー。(出典;らくたび文庫)
街の人にとって、嵐電はとっても身近な存在です。
その2. 有栖川駅から嵐山駅まで
その昔、嵯峨野駅と呼ばれていた有栖川駅。ここを流れる川は、斎川とも呼ばれ伊勢神宮に仕える未婚の皇女(斎宮)が身を清める川だったそうです。
近くの阿弥陀寺では、8月23日に念仏を唱えながら踊る嵯峨野六斎念仏が開催されます。
散策で疲れたら、駅のそばにある、さがの温泉「天山の湯」がおすすめ。
京都で温泉気分?と思われるかもしれませんが、嵐山の中之島公園にある「風風の湯」も、温泉好きには見逃せない一押しです。
この朱色の玉垣は、車折(くるまざき)神社の境内にある芸能神社です。
芸能人に人気の神社には玉垣に、知っている歌手や俳優さんの名前がたくさん書かれています。
「車折」という聞きなれない言葉は、御嵯峨天皇がこの地を行幸したおり、牛車のながえが折れてしまったことからその名がつけられました。
当時から神社は桜の名所で、早咲きのシダレザクラは市内で一番早く咲きます。
嵐山を借景に建つ写真のお寺は、鹿王院(ろくおういん)。鹿王院駅の名前の由来です。
お寺を創建したのは、あの金閣寺を建立した足利義満。
義満は1380年にこのお寺を造り、それから17年後に金閣寺を造ったんですね。そう言えば、どこか形がそっくり。
嵐山本線の終着にあるのが嵐電嵯峨駅と嵐山駅です。
誰もが知っているこの観光スポット。
ここには渡月橋を挟んで嵯峨エリアに嵐電の二つの駅。それからトロッコ列車で有名なトロッコ嵯峨駅とJR嵯峨嵐山駅があります。
渡月橋を渡った中之島公園には阪急嵐山線の駅もあって、ちょっとした交通の要所です。
付近には観光の名所やグルメのスポットが幾つもあって、名所めぐりと食べ歩きを繰り返していると、とても一日では足りません。
天龍寺さんの広い境内を抜けると、歴史の名刹が嵐山から小倉山のふもとに広がります。
新緑の季節や紅葉の季節、写真の祇王寺の他にも、野々宮神社、竹林の小径、常寂光寺、二尊院………大人の「修学旅行」をぜひ愉しんでください。
その3. 北野白梅町駅から撮影所前駅まで
嵐電の駅間は、本当に短いです。等持院の駅から龍安寺までの間も、わずか200mしかありません。
北野周辺には、ぜひ訪れて欲しいスポットがたくさんあります。
白梅町の駅近くの北野天満宮は、菅原道真公を祀る学問の神様。
月命日には、京都らしい露店が立ち並びます。
梅の名所としても有名な天満宮には、道真公ゆかりの梅が1500本。京都は桜だけじゃない、そんなことにあらためて気がつくスポットです。
それから、駅の交差点の北にある写真の平野神社。
その昔、奈良の平城京から平安京へと都が移された時、この神社も一緒に移ってきました。
京都にたくさんある桜の名所の中でも、ここには50種400本の桜が咲き誇り、実は江戸時代に桜と言えば「平野」、と言われたこともあったそうです。
それから、忘れてはならないのが金閣寺。
金閣寺から龍安寺、妙心寺、仁和寺へ向かう道は「きぬかけの路」と呼ばれています。ここは、嵐電に乗ったり、降りたり、一番忙しいところですね。
ところでプロ野球ファンには、懐かしい京都で唯一のプロ球団「松竹ロビンズ」があったのが、立命館大学の衣笠キャンパス前駅でした。
キャンパスを散策して、青春時代にしばし戻ってみたらいかがでしょうか。
嵐電は京都駅からのアクセスがちょっと不便です。それなのに、この龍安寺の石庭を眺める旅人の国際感覚? 日本人よりも、きっと外国人の方が多いですよ。
「わざわざここまで……」、ついそう思ってしまいました。
嵐電の沿線には、JR東海の「そうだ京都、行こう。」のポスターになった場所が幾つもあります。
この仁和寺の御室(おむろ)桜もその一つ。京都で一番最後に咲く御室桜を観て、京都の人は「春の義理を果たした」と言うそうです……。
世界遺産が幾つもある北野線。仁和寺を過ぎると、宇多野、鳴滝、常盤そして撮影所前駅と続きます。
桜のアーケードがインスタ映えする鳴滝駅。ここには、了徳寺というお寺があって、毎年12月9日、10日に大根炊きが開催され、一年の無病息災をお願いします。
それから、常盤駅にある源光寺は源義経の母、常盤御前(ときわごぜん)が生まれまた晩年を過ごした場所として参拝される方が多いお寺です。
気になった方もいたと思いますが、この写真、この夏に4年ぶりに運行した「嵐電妖怪電車」のポスターです。一般客と一緒に妖怪に仮装した乗客が四条大宮駅と嵐山駅から乗車し、最後には「嵐電妖怪コンテスト2023」も開催されました。
街にゆかりのある東映太秦映画村が2007年に開催した「世界妖怪会議」。嵐電も「動くお化け屋敷」の企画を始めました。
ⅲ 編集後記 -愛される嵐電-
取材で嵐電に乗車した8月下旬、京都はまだ夏の真っ盛りでした。
嵐電嵯峨駅近くの喫茶店に入ると、アイスプリンを注文して、しばしcooldown。
撮りためた写真をめくっていたら、一人の若者から声をかけられました。
snowpeakさんというこのお店で働く彼は、京都に縁があって、ここで学生時代を過ごしたそうです。
このお店は、かつて100年ぐらい営業していた老舗旅館だったとか。
すっかり ″ 京都人 ″になっている彼から別れ際に、教わった『嵐電』という映画を、東京に戻って早速観ました。
ストーリーは、嵐電の街で暮らす若者と嵐電を旅する若者、3組の恋愛ドラマです。
主役の井浦新さんの醸し出す雰囲気が、まさに嵐電の牧歌的なイメージ。
夜の嵐電に、狐と狸の車掌さんが登場するファンタジーの面白さも必見です。
印象に残ったのは登場人物のセリフ。
「狭い町やけどなかなか会えへんな」とか、「カミさんもどうせこの町のどこかにいるんやし」とか。
映像の中の主人公たちは、まるで最高時速が40kmしか出ない嵐電と同じスピードで生活しているかのようです。
トレンディな四条河原町や新京極とは違う魅力がそこにはありました。
忙しい毎日からちょっと解放されたいと思った時、ぜひ嵐電に乗車して見てください。
いろいろな物語を発見できると思います。。。