桜咲く、京都をスケッチ。
ⅰ 桜シリーズの第三弾です。
『 桜咲く、京都をスケッチ。 』は、昨年春の『 桜前線迫る! 』、『 ぜひ見て欲しい桜2023-2024 』に続く桜シリーズの第三弾です。
『背割堤(せわりつつみ)の桜』(京都府八幡市)
第一弾の『桜前線迫る!』では、例年早まる桜の開花をいち早く予測し、読者にお届けしたいという企画でした。
ところが、観測史上最も早く開花した桜はあっという間に満開の季節を過ぎ、この企画は失敗に終わってしまいます。
やっぱり、自然と戦ってはいけない。(笑)
『平安神宮の池のほとりの桜』(京都市左京区)
その反省から、第二弾の『 ぜひ見て欲しい桜2023-2024 』は、過去10年間に撮りためた桜を紹介する企画に変更を余儀なくされました。
今回の『桜咲く、京都をスケッチ。』は、京都の桜はもちろん、身近な桜を愉しんで欲しいという願いを込め、桜のあれこれや、その不思議さを書いています。
京都を離れた桜の名所もご紹介していますので、機会があったら訪れてください。
ⅱ つながる桜
この写真をご覧ください。東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑から見える皇居の桜です。
『千鳥ヶ淵緑道(ちどりがふちりょくどう)』(東京都千代田区)
早朝6時、お堀の遊歩道は人影もまばら。朝靄にぽーっと浮かんだ桃源郷です。
隣を歩いていたご婦人が「見事なシダレザクラねー」と一言。
満開の桜は、土手から大きく枝垂れ、お堀の水面に花先がつかんばかり。
千鳥ヶ淵の桜は、明治2年に招魂社(のちの靖国神社)が建設され、境内に桜が献納されたことが始まりだと言われています。
写真の桜も、昭和44年開園した北の丸公園やその後の千鳥ヶ淵緑道の整備と一緒に植栽されたようです。
場面が変って、ここは京都の醍醐寺。
『醍醐寺の江戸桜』(京都市伏見区)
お寺の方が「江戸桜(えどざくら)」と呼ぶ「エドヒガン」が満開に花を咲かせていました。
「エドヒガン」は、後から出てくるのですが、10種類ほどある桜の原生種の1つです。
一見、関係ない場所にあるこの2つの桜。実は、こんな風につながっています。
ご婦人が「シダレザクラ」と思うほど見事に枝垂れた千鳥ヶ淵の桜は、実は「ソメイヨシノ」。
「ソメイヨシノ」は、桜の中で一番枝垂れる ″ お母さん桜 ″「エドヒガン」と、緑の葉が鮮やかな ″ お父さん桜 ″の「オオシマザクラ」(写真)が掛け合わされて生まれたと言われています。
見事に枝垂れていた千鳥ヶ淵の「ソメイヨシノ」は、″ お母さん桜 ″ の特長を表現して水面を覆っていたんですね。
ちょっと脱線しますが、″ お父さん桜 ″ の「オオシマザクラ」、ほとんどの方が、お世話になっている桜です。
それは何かというと、桜餅。緑の葉っぱが、他の桜と比べて大きく、産毛が少ない「オオシマザクラ」は、桜餅の葉っぱとして大活躍しています。
ⅲ たくさん歌に詠まれた「ヤマザクラ」
桜の種類には、こんなエピソードもあります。
『京都府庁のヤマザクラ』(京都市上京区)
ここは、御所の近くに建つ京都府庁旧本館の中庭です。
1904年に建てられたルネサンス様式の建物は日本で一番古い議場。
桜の季節、「シダレザクラ」や写真の「ヤマザクラ」を観れるように建物が解放されています。
花が散ると葉が出る「ソメイヨシノ」と違って、「ヤマザクラ」は花と葉っぱを一緒に観ることができます。
奈良の吉野山桜をご覧ください。
『吉野山の桜』(奈良県吉野郡吉野町)
京都から近鉄電車に乗って2時間ぐらい行くと、自然が豊かな吉野に到着します。
桜の季節、下(しも)千本、中(なか)千本、上(かみ)千本、そして奥(おく)千本と、麓から山頂まで千本桜が順番に満開になっていきます。
古今和歌集の中で、紀友則が詠んだ「み吉野の山辺に咲ける桜花 雪かとのみぞあやまたれける」の歌のように、満開の季節、山に雪がかかったように観られる吉野山。
今年の春、千本桜がほぼ同時に満開になったら、春の雪景色に出会えるチャンスかもしれません。
ⅳ 「シダレザクラ」が魅力的な場所
3枚の写真をご覧ください。順番に、京都御苑、原谷苑、祇園白川の桜です。
『京都御苑の桜』(京都市上京区)
桜には、「ヤマザクラ」、「オオヤマザクラ」、「カスミザクラ」、「オオシマザクラ」、「エドヒガン」など10種類の原生種があります。
そこから、自然の交配や人為的な交配で作られた栽培品種が250種類から300種類ぐらいあると言われています。
ここ京都御苑では、たくさんの種類が観られます。
写真の一角は「シダレザクラ」が多いところ。満開になると、幾種類もの「シダレザクラ」のシャワーが観られるスポットです。
ちょっと一風変わっているのが、原谷苑。
『原谷苑の桜』(京都市北区)
金閣寺の裏手にある個人の方が所有している山を開放している隠れた桜の名所です。
一重や八重の「ベニシダレ」と一緒に、真っ白な雪柳や真っ赤なツツジ、それから山吹など、小さな山の中は花で覆いつくされます。
辿り着くのに一工夫必要なので、お花見は計画を立てて出発してください。
最後は、『京都スケッチ』にも何度か登場した祇園白川の「ヤエベニシダレ」。
『祇園白川の桜』(京都市東山区)
花街の瀟洒な建物と真っ白い白川砂が運ばれてくる川面に映る「ヤエベニシダレ」。京都市内でも一番のインスタ映えするスポットです。
比叡山の源流から白く光る花崗岩を削りながら流れてくる白川。
小さな川なのに、たくましさと可憐さがあって、花街の舞妓さんや芸妓さんに愛されている川でもあります。
花びらが小さく、ピンク色の八重が縮れたように咲く「ヤエベニシダレ」の名所は意外に多いんです。
龍安寺の石庭、退蔵院さん、勧修寺、平安神宮、城南宮さん………JR東海の「そうだ京都、行こう。」のポスターでも紹介されました。
ⅴ お気に入りの桜を見つけて。
詩的な絵になる桜をご紹介します。
『大沢池の桜』(京都市右京区)
桜の季節、大覚寺の大沢池は、畔を覆いつくすように桜が咲きます。
嵐山の渡月橋から少し離れたところにあるので、桜を眺めながら、静かに苑内を散策することができます。
後ろに見える山は小倉山や嵯峨野の山並。
万葉集、古今和歌集にも数多く登場する場所で、″ 大人の休日 ″にはもってこいです。
森山直太朗さんの『さくら』、福山雅治さんの『桜坂』のメロディを思い出してしまうのが、写真のインクラインです。
『インクラインの桜」(京都市左京区)
明治になって琵琶湖から水を引き、このインクラインを使って舟の物流が盛んに行われました。
今はレールだけが残されているのですが、桜の季節、枕木の両脇に「ソメイヨシノ」が満開に咲きます。
明治の京都復興のシンボルですが、卒業と未来の夢が詰まっている、まさに″ 桜小説 ″ が生まれるスポットです。
この大きな瀧桜(たきざくら)は、奈良県宇陀市に咲く樹齢300年を超す「シダレザクラ」です。
『又兵衛桜(またべえざくら)』(奈良県宇陀市)
徳川家と豊臣家が戦った大坂の陣で活躍した後藤又兵衛の屋敷があった場所として、又兵衛桜と呼ばれています。
NHKの大河ドラマ「葵 徳川三代」(2000年)のオープニング映像で流れた又兵衛桜のことを知っている桜ファンが、今も遠くから訪れるようです。
ⅵ 編集後記
最後は、「ソメイヨシノ」にまつわるお話です。
「ソメイヨシノ」が綺麗な蹴上(けあげ)の将軍塚、琵琶湖・湖畔、高瀬川の写真も一緒にご覧ください。
『将軍塚の桜』(京都市東山区)
現在の東京都駒込3丁目付近は、江戸時代、染井村と呼ばれていました。
幕末の頃、ここに住んでいた植木屋・伊藤伊兵衛政武が「エドヒガン」と「オオシマザクラ」を掛け合わせて作ったのが「ソメイヨシノ」だと言われています。
漢字をあてると、「染井吉野」。染井村の吉野? 吉野というのは、当時、全国で一番有名だった、吉野山の桜にちなんでつけられたものでした。
1900年、この名前を付けたのは、本草学者の藤野寄命。
「オオシマザクラ」の台木に「エドヒガン」を挿し木して生まれた「ソメイヨシノ」は苗木から成長するのがとても早かったようです。
『琵琶湖の桜』(滋賀県・琵琶湖)
桜は ″ 軍国の花 ″とも言われます。日露戦争や第二次世界大戦で兵隊さんが出陣する時に見送る花だったんです。
成長の早い「ソメイヨシノ」には、そんな役割もありました。
それから、「ソメイヨシノ」は ″ クローン桜 ″ でもあります。
自分の力では、子孫を残すことが出来ないんですね。
葉桜になった「ソメイヨシノ」に実がついていないのはそんな理由からです。
『高瀬川の桜』(京都市下京区)
″ クローン桜 ″ の寿命は短く、一説には60年ほどとか。
実は、はじめに登場した千鳥ヶ淵の桜は、ちょうどその時期に差し掛かっています。
あの見事な枝垂れは、もしかしたら、最後の力を振り絞って、花を咲かせているのかもしれません。
もしもご自宅の近くに「ソメイヨシノ」を見つけたら、あとどのくらいこの風景を観られるか? 想像してみてください。
ブログを投稿した3月7日、あと20日ほどしたら京都の桜も満開を迎えそう。
昨年、入学式にすっかり花が散ってしまっていた桜並木。 今年はどうやら大丈夫そうですね。