京都のモダンストリート
ⅰ 東京のモダンストリート
地元の人が、″ モダンストリート ″ と呼ぶ場所、それは京都市内を東西に走る三条通のうち、南北の寺町通と烏丸通に挟まれた辺りです。
☆雨上がりの夕暮れ、三条通に明りが灯りました。
はじめて訪れた時、確かに明治や大正の建築物と京の町家建築が混在した不思議な空間に映りました。
京都らしいお寺や神社の参道とも違いますし、自然が豊かな四季の京都風景とも違います。
ちょっと時間をかけこの空間にとどまると、そこにはユニークな京都人の知恵や、東京や大阪にも似た流行を追いかける若者文化を感じます。
今回は、その『 京都のモダンストリート 』がテーマです。
その前に、元祖モダンの東京にはどんなストリートがあるのか、少しだけご紹介します。
以前の渋谷駅周辺は、モダンなイメージよりも、teenagersが集うごちゃごちゃした若者文化の街でした。
☆「渋谷駅界隈」MIYASHITA PARK
そんな若者の熱気は変わらない渋谷ですが、最近では老朽化した駅や百貨店を巻き込んで、「100年に一度の再開発」が進んでいます。
2020年にオープンしたMIYASHITA PARKは、駅と隣接した立地を生かし、若者向けのトレンディなお店が集結しています。
☆キャットストリート
PARKから305号線を隔てたところにあるのが、通称「キャットストリート」。
その名のとおり、「猫の額ほど狭い」通りに渋谷ファッションを象徴するお店が軒を連ねています。
青山・表参道は、20代はもちろん、かつてのVAN世代にも人気のストリートです。
☆青山・表参道
その昔、キツネやタヌキが出た青山は、終戦後、代々木公園に米軍の兵舎や宿舎ができ、ハイカラなアメリカファッションの街に変貌を遂げました。
VANや、NICOL、ミルク、BIGI、コムデギャルソン、プラダ、ベルコモンズなど、目抜き通りにお洒落なお店が出店します。
洗練されたモード系ファッションの草分け的存在だった青山ですが、銀座と並ぶハイブランドの旗艦店も目につくようになりました。
文化人や芸能人が居を構え、モダンなストリートが生まれたところもあります。
☆ベニスをイメージした自由が丘「ラビータ」
それは、東急東横線の自由が丘や代官山、中目黒。
日本ではじめてモンブランを販売する洋菓子店が誕生した自由が丘には、当時、多くの文化人が集まったそうです。
今のようにインターネットで情報が普及する以前、an・anやnonno、流行通信やJJなどの創刊は女性のおしゃれ感覚を刺激し、新しいお店がどんどんできていったんですね。
ⅱ 京都のモダンストリート
さて、京都の『モダンストリート』はどんなストリートなのでしょうか?
烏丸三条を東に少し歩くと、最初に目を引くのが写真のネオルネッサンス様式の独特の風貌をした中京郵便局。
建物ができたのは、明治35年(1902年)でした。
旧京都郵便電信局としてスタートし、120年以上たった今も郵便局として使われています。
実は、ここ三条通の一角には、こうした明治から大正にかけて造られた建物が今も残され、町家建築のお店と一緒に ″ 京都モダン ″ を作っています。
こんな建物もありました。
外壁が石張りで銅板葺きの白亜の建物は、大正3年(1914年)に完成した、日本生命京都支店。
現在は、日本生命京都三条ビル旧棟として、1階には着物のお店も入っています。
夕暮れ時、伯爵の館のような佇まいを見せるのは、大正5年(1916年)にできた不動貯金銀行支店の建物。(現在はSACRAビル)
幾何学模様のモダンなデザインが外観や建物内の階段にほどこされ、中のカフェでゆっくりと時間を過ごすのも一案です。
あまり聞きなれない、不動貯金銀行という名前。昭和の中頃まで営業していて、今のりそな銀行の一つの前身でした。
建物の正面に「1928」と書かれたベージュのビルは、1928年に建てられた旧大阪毎日新聞社京都支局でした。
有名な武田五一の設計で、建物の中はギャラリーにもなっています。
新聞社時代に食堂室やシャワー室があったという地下には、エキゾチックなCAFEアンデパンダンが営業しています。
夕陽がさす赤煉瓦に白い花崗岩のラインを横に走らせているのは、1906年(明治39年)に完成した旧日本銀行京都支店です。
設計は、東京駅を設計した辰野金吾。
1965年(昭和40年)に役目を終え、現在は京都文化博物館になっています。
中京郵便局と風貌は似ていますが、専門家によると、造られた時代でファサードと呼ばれる正面のデザインが違うそうです。
建物の奥には、後から出てくる前田珈琲や雑貨店も営業しています。
モダンストリートには、こんなお店がありました。
「牛肉・すき焼き」と書かれた看板は、三嶋亭さん。明治6年に創業したすき焼きの専門店です。
幕末まで牛肉を食べることのなかった京都人も、明治になると三嶋亭さんで、初めて牛肉を食べることになったんですね。
ちなみに、東京と関西で議論になるすき焼きの食べ方。
お店のすき焼きは関東風でも関西風でもない、三嶋亭オリジナルだそうです。
温まった鍋に砂糖をまんべんなく敷き、砂糖が溶け出したら肉を入れ、秘伝の割下を入れて両面を焼き、玉子をつけて食します。
夕暮れ時、PaulSmithさんの店内から暖かい灯りがこぼれていました。
男性憧れのデザイナーズブランド。
よく見かけるPaulSmithさんも、ここでは、どこか ″ 京都モダン ″ に変わっていました。
女性のお客さんが切れ間なく訪れるので写真撮影に苦労したのが、三条メルスリーさん。
ビーズを中心にアクセサリーパーツを扱っているお店です。
海外やオリジナルのパーツもたくさん扱っているそうです。
ビーズを使った作品作りに夢中の方には、店内いっぱいに飾られた商品が創作イメージを掻き立てるようです。
創業90年の老舗のはちみつ専門店のミールミィさん。
.ハニーハンターの市川拓三郎さんが、世界20か国、国内20都道府県から集めたはちみつがはちみつ好きの想像を超えて店頭に並んでいます。
店内では、お茶をいただいて、好みの「はちみつ」をブレンドする演出も楽しみですよ。
現在はブティックが営業している家邊徳時計店。
日本最古の時計貴金属商だったらしく、創業は1871年だとか。
近くに今では珍しい時計修理専門店があったりして、このストリートが明治時代の京都の官庁街だった面影を感じました。
着物で街中をショッピングする女性の姿を多く見かける京都。
キモノハーツさんには、レトロな振袖や二尺袖にピッタリの袴まで、色柄豊富に取り揃えているようです。
一年を通して「ハレの日」尽くしの京都には、欠かせないお店の一つなんですね。
とてもユニークなのは、風呂敷専門店のむす美さん。包み布の生活文化は世界にたくさんあるそうです。
でも、日本の風呂敷のように、実用性やデザイン性に富み、その作法まで備えた国は他にはないそうです。
店内には風呂敷のイメージを超えた色やデザインが豊富な品物が展示されていました。
京都の長い歴史にマッチしたモダンストリートのおすすめ店です。
お店の様子がガラス越しに見えて、初めて訪れてもちょっと覗きたくなるのが、Ball&Chainさん。
店内には、トートバッグやショッピングバッグ、ワンショルダーバッグが展示されていました。
どちらかと言うと、日常使いのショッピングバッグも、好みの色合いやデザインにこだわって使いたいというリクエストが多いそうです。
瓦屋根に漆喰塀のお店。どこかの料亭かと思いきや、ショコラバーのBEL AMER京都別邸さん。
町家を生かした店内では、ショコラや焼き菓子が販売されている他、2階のショコラバーで、皿盛りデザートやショコラショーを愉しむことができます。
特に人気なのは、「瑞穂のしずく」と「彩ショコラ」。きめ細かな細工を見ていると、お麩料理の老舗「半兵衛麩」さんの手毬麩(てまりふ)のことを思い出しました。
ⅲ 編集後記
ちょっと駆け足になってしまいましたが、京都のモダンなストリート、いかがでしたか?
ストリートのすぐ近く、三条大橋のたもとにこんな像があります。
笠をかぶった旅支度の ″ 弥次さんと喜多さん ″です 。
有名な十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場した主人公が活躍した時代、京都はとても活気がありました。
でも明治になって天皇が東京に遷ると、街は急に元気がなくなります。
何とか街を盛り上げようと、琵琶湖から水を引き、水力発電や物流を整備します。
やがて市電も開通し、万国博覧会は世界の注目を集めることになりました。
今回ご紹介した日本銀行京都支店や大阪毎日新聞京都支局、日本生命京都支店が完成し、モダンストリートが生まれた背景には京都のそんな事情があったんですね。
P.S.取材が終わって、京都文化博物館にある前田珈琲さんを訪れた時。
ソファに腰かけ、7mぐらいはありそうな高い天井を眺めていると、四角い茶色の枠が目に入ってきました。
何かな?と思ってお店の方に聞くと、この建物が日本銀行京都支店だった時の金庫室の一つだと教えてくれました。
モダンストリートには、こんな京都人の遊び心が幾つも出てきます。
″ 新しい物 ″と ″ 古い物 ″ がいつの間にか調和してしまう、不思議な魔法がかかった京都です。