年越しそば
ⅰ 秋の収穫
11月下旬、ようやく久遠寺や祇王寺のモミジが色づき始めました。ご住職のお話だと嵐山や小倉山の紅葉は、夏の暑さのせいか、いつもより10日ぐらい遅いそうです。
この分だと、12月中旬ぐらいまで紅葉狩りは愉しめそうですね。
実は、京都に紅葉シーズンが訪れる1ヶ月ほど前、美山のかやぶきの里に、こんな風景が見られました。
https://miyamanavi.com/column/detail/vol.15.html
京都市から50kmほど北へ行った美山町が、南丹市となったのは2006年。
自然が豊富で里山の風景が続く美山は、9月中旬のアユ釣りシーズンが終わる頃、そばの花が咲き始めます。
そばの花は、茎の先端に白い小さな花が集まって、雪の結晶のような形をしています。
満開を迎えたそばの花はやがて茶色の実を結び、10月末「新そば」の季節を迎えます。
今回の『年越しそば』は新そばが出回った京都のお蕎麦屋さんの様子を覗きながら、大晦日を愉しみにしようという企画です。
ⅱ あなたはそば派、それともうどん派??
ところで、皆さんはそばとうどん、どちらが好きですか?
喉ごしがつるっとくるそばの食感や、風味が好きだと言われる方……。
歯ごたえがあって、油揚げや鴨、九条ねぎと具が豊富なうどんの方が好きだと言われる方……。
こんな声を聞かれたことはありませんか?
「関東のそばやうどんの汁はしょっぱい」
関西の方が関東のそばやうどんを食べると、しょうゆで味が強い汁をしょっぱく感じることが多いそうです。
たしかに関東では出し汁を「おつゆ」と呼んで、関西では「おだし」と呼びます。
魚でだしをとることが多い関東は、鰹節も使ってしょうゆベースの「おつゆ」を完成させます。
でも関西の「おだし」は素材の風味を生かす下地のような捉え方をしているので、昆布や煮干し、シイタケを組み合わせ薄味になっています。
ある料理屋の御主人に聞いたことがあるんですが、上方が経済の中心だった江戸時代、北前船で北海道の昆布やニシンの上等品を荷揚げした大阪や京都は、食材の味を生かすだしづくりに工夫をこらしたそうです。
そば好きかうどん好きか、こんな東西の汁の違いも一因しているかもしれません。
(掲載した写真は、『よしむら』さんの鴨蕎麦、『松葉京都駅店』さんの玉子とじ蕎麦、『西尾八ツ橋』さんのカレーうどん、『晃庵(こうあん)』さんの鴨葱うどんです。)
ⅲ 京都でいただくそば
京都でいただく年越しそばはどこのお店にしようか? なかなか実現が難しい企画ですが、幾つか暖簾を潜ってみることにしました。
はじめは、『尾張屋』さん。
挽きたてのそばと京風だしが自慢の尾張屋さん。SNSで知った外国人がお店の前にずらっと並んでいました。
うどんのお店が目立つ京都ですが、意外にそばも人気です。
創業が1465年と室町時代まで遡る尾張屋さんですが、そばって、いつぐらいから食べられていたんでしょう?
調べて見ると、こんなことがわかりました。
そばの実が日本で収穫されたのは縄文時代から。ただ、実を挽く技術は鎌倉時代に、円爾(えんに)さんというお坊さんが南宋から持ち帰ったそうです。
今のそばが食べられる以前は、そばがきや餅に加工されていたらしいんです。
早速、「志っぽくそば」を注文しました。
☆志っぽくそば
蒲鉾に椎茸、玉子に水菜、そして海苔と丼の中は具だくさんです。
鰹の風味が効いていて、とても薄口でした。
東京だとあのおかめのお面に似せた ″ おかめそば ″ に似ていますね。
尾張屋さんを訪れたら、15代目が考案したという利休そばもお勧めです。
湯葉と利休麩がのってちょっと京都気分かも。
次に暖簾を潜ったのが、『10そば』さん。″ 10そば ″ って? そう、そば粉10割の、あの「十割そば」です。
つなぎの成分、グルテンが少ない十割そばはブツブツ切れてなかなか一苦労。
そば粉8に小麦粉2の二八そばが多いお蕎麦屋さんですが、『10そば』さんは、こんな風に機械を使って十割そばを出してくれます。
「きつねそば」を注文しました。
東京ではなかなかお目にかかれない、この四角い油揚げ、横幅が20cmくらいありました。
☆きつねそば
京都って、油揚げの消費量が全国一だったこともあるんです。(京都人の ″ 油揚げ愛 ″ ですね。)
ちなみに、このきつねは「甘ぎつね」。
ちょっと脱線ですが、京都で「きつね」と言うと、油揚げを刻んで九条ねぎをのせるそばをイメージする方も多いようです。
刻んだきつねそばに「あん」をかけて、″ きつねがドロン ″ 。
これを ″ たぬきそば ″ としてお店に出しているところもあるそうです。(笑)
続いて、「みぞれそば」。
☆みぞれそば
いただいたのは、『晦庵(みそかあん)河道屋』さん。
河道屋さんの「みぞれそば」には、たっぷりの大根おろしに焼き鳥が添えられていました。
大根おろしというと、福井の越前そばが有名ですが、そばは江戸前のそばからはじまって、信州や京都、全国へと広がっていったらしいです。
その美しさから ″ みぞれ ″ と呼ばれる大根おろし。
″ 京野菜 ″ と言われるくらい野菜が豊富な京都は、うどんに負けじと具をどれにしようか迷うそば道中です。(河道屋さんは、夏に、そばを茶そばに衣替えしてくれるのでこれも楽しみの一つです。)
ⅳ 編集後記~大晦日の贈り物~
『年越しそば』のトリは、『松葉』さんのにしんそばです。
☆にしんそば
芝居茶屋だった松葉さんがにしんそばをお店に出したのは、明治のはじめの1882年。
今では年越しそばのイメージキャラクターですが、大晦日は隣の南座まで長い列が続きます。
最後に、漫画家の山本おさむさんが描いた『そばもん』をご紹介します。
2008年から2016年までビッグコミック(小学館)で連載された人気の ″ニッポン蕎麦行脚ストーリー″ です。
名人と謳われた祖父からそばの技術を学び、お店を持たないで、そばを打つため全国を回る、流れのそば職人矢代稜(やしろりょう)が主人公の物語です。
立ち食いそば店では、振り笊(ざる)を使った「湯切り」と沸騰した湯でどんぶりを温める熱々感の演出。
天ぷらそばからそばを取り除いて出汁で天ぷらをいただきながら一杯やる「天抜き」のお話、前掛けと菜箸(さいばし)にこだわるそば職人の仁義……。読者はそばの奥深い流儀についつい引き込まれてしまいます。
大晦日、主人公・稜は秘湯のあざみ山荘へ年越しそばを打つために出かけました。雪深い山奥の山荘へ向かう途中、車が立ち往生し、稜とたまたま居合わせた客との間に、そばのドラマが待っていました……。
久しぶりに『そばもん』を読み返していたら、昔、年の瀬まで仕事をしていた両親に頼まれ、閉店間際のスーパーに乾麺を買いに行ったことを思い出しました。
特に洒落た具材は何もありませんでしたが、温かいかけそばを家族で食べながら紅白歌合戦を応援した記憶。
炬燵の中でうとうとしていたら、テレビから流れてきた除夜の鐘もいつの間にか夢の中でした。