ぼたもちとおはぎ
ⅰ.行事食
ふっくらした狐色に、美味しそうな小豆と七穀のお餅。これは、『ぼたもち』 、それとも『おはぎ』 ?
今回は、行事食としても知られる『ぼたもちとおはぎ』のお話です。
日本には、自然の恵みに感謝し、家族の幸せや豊作と大漁を願うため食事が供される習慣があります。
そうした食事を行事食と呼んでいて、京都にも、七日正月の「七草がゆ」、節分の「塩いわし」、初午の「畑菜のからし和え」など数多くの行事食があります。
祇園祭などハレの日の愉しみ「鯖寿司」もその一つ。
「おせち料理」は、全国的に正月を祝う行事食になっています。
京都・美濃吉さんの「ミニおせち料理2025」をご覧ください。
一つ一つの食材が京風の味付けで三段のお重に詰められ、どこから箸を付けていいのか、迷ってしまうほど。
ところで、「おせち」というと、疑いなくお正月の食事と思っていましたが、実はそうでもないようです。
漢字で書く「御節(おせち)」は「御節供(おせちく)」の略称。
季節の節目に当たる3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕にもお料理として登場していたそうです。
どうして正月の「おせち」だけが今も残っているのか正確なところは分かりません。
数え年で歳を重ねた昔の時代、誰もが一つ歳を重ねるお正月は、一年の中で大切な節目だったのかもしれません。
お重の中を覗くと、甘露梅の右隣に「数の子」が盛り付けされていました。
ニシンのように子供がたくさん生まれ、家族が繁栄しますようにという願いが込められているんですね。
小魚は、京都では「田作り」とか「ごまめ」と呼ぶそうです。
イワシを田んぼの肥料にしたら、とても豊作になったので五穀豊穣の願いがあるそうです。
右上の「なると巻」。
「の」の字は永遠を表わしているんですね。
それでは、真ん中にある「海老」には、どんな意味があるのでしょう?
「海老」はくるっと背中が曲がっています。そこで、お年寄りのイメージです。
お年寄りのように長生きで健康にという願いが「海老」にはあるんですよ。
ⅱ ぼたもちとおはぎ
さて、『ぼたもちとおはぎ』の行事食としての役割は?
仏光寺通から寺町通を上ったところに仙太郎さんという和菓子屋があります。1886年(明治19年)創業の老舗のお店。
お正月を祝う「花びら餅」をもとめて列ができることもしばしば。
https://www.sentaro.co.jp/
ちょっと脱線しますが、仙太郎さんのお話の前に通り名にもなっている仏光寺さんのこと。
かつて本願寺を凌ぐ勢いあったお寺は、秀吉の頃、現在の寺町に移ってきました。
悠然とした伽藍に静かな境内はいつ出かけても、とても落ち着く空間です。
仙太郎さんに和菓子を求めに行くときはいつもこの境内を通るのですが、愉しみなのはもう一つあります。
それが写真の御朱印。
ユニークな絵柄の御朱印が時節変わります。ご住職の言葉を読むと癒されることもしばしば。
今年の干支の蛇も何だか楽しそうですね。
話は戻って、『ぼたもちとおはぎ』。
仙太郎さんの、粒あんときなこ、七穀の三種類のおはぎは定番の人気です。(この日は、あぶり餅と焼栗饅頭も同席!)
おはぎの芯になるもち米は、「志賀羽二重」と「新羽二重」という2種類の品種を一年ごとに変えて使っているとか。
しかも、全国にあるお店で販売する和菓子は、その直前日に精米するという徹底ぶりです。
そんなおはぎですが、行事食としてはどんな時に食べられるのでしょうか?
京都市東山区林下町にある浄土宗の総本山・知恩院さんは、大晦日の除夜の鐘によく登場します。
写真は、知恩院さんの彼岸会の様子。
宗祖・法然が後半生を過ごし没したゆかりの地・知恩院さんは、盛大な彼岸会を執り行うお寺としても有名です。
昼と夜の長さが同じになる春分と秋分の日。今年は3月20日(木)と、9月23日(火)ですね。
お彼岸は、この日の前後3日間ずつを合わせ、合計で7日間のことを呼んでいて、京都のお寺ではこの7日間、彼岸会が行われます。
この世の此岸(しがん)から、彼の岸(彼岸:ひがん)の極楽浄土に想いをはせる大切な行事。
実は、「ぼたもち」や「おはぎ」は、春分の日と秋分の日のお供え物として親しまれてきました。
お彼岸の日に、とても高級品だった砂糖をたっぷり使ったおはぎをお供えし、先祖に感謝しました。小豆の赤色には魔除けの意味もあったんですね。 https://www.choin-in.or.jp/
ぼたもちは漢字をあてると「牡丹餅」、おはぎは「御萩」と書きます。
そうすると、「ぼたもち」は牡丹のイメージ、「おはぎ」は萩の花のイメージなんですね。
写真は雪が解け若葉が美しい春、大原に咲いていた牡丹の花。朝露にふっくらと花びらを開く寸前でした。
そして秋。9月下旬、御所の東にある梨木神社には萩を見ようと多くの人が訪れていました。
花びらが細かく少し縮れたように咲く萩。
粒粒のあんでこしらえた「おはぎ」はそんなイメージから来ているとのこと。
でも、ふと新たな疑問が。
うちの近所はこしあんも粒あんも「おはぎ」と呼んでいるし、旅先でたぶん「おはぎ」かなって思ったら、「ぼたもち」と書かれていたし??
☆おはぎの中は、きな粉がこしあん、七穀は粒あん(仙太郎さん)
実は、全国でも京都でも、この二つの食べ物にはいろいろな由来があってその呼び方も様々なようでした。
例えば、もち米を主とするものが「ぼたもち」、うるち米を主とするのが「おはぎ」という説。
小豆のあんを用いたものが「ぼたもち」、きな粉を用いたものが「おはぎ」という説。はたまた二口程度で食べられるものを「おはぎ」、それより大きいものを「ぼたもち」という説まで……。
春の「牡丹餅」、秋の「御萩」には、夏バージョンと冬バージョンもありました。
☆宇治川のほとり
『ぼたもち(=おはぎ)』は、お餅をつく時に、あの「ペッタン、ペッタン」という音を出さずにお米をつぶして作ります。
隣家には臼でつく「ペッタン、ペッタン」の音が聞こえてきません。
『ぼたもちとおはぎ』は、(いつ、ついたかわからない)「つき知らず」と言われました。
そこから、夏の夜にいつの間にか船が着く様子の「着き知らず」にかけ、「夜船(よふね)」と呼ばれます。
夏の「ぼたもち」は、「夜船」……。ちょっと風情がありますね。
☆中秋の名月
「ぼたもち」を「北窓」と呼ぶ理由はこんなところにありました。
冬は北側の窓に月が見えないですよね。(いつ、ついたかわからない)「つき知らず」を(月が見えない)「月知らず」にかけて「北窓」。
そうすると、あのお餅は、春が「ぼたもち」、夏は「夜船」、秋は「おはぎ」、そして冬は「北窓」ということに。
ⅲ 編集後記
『ぼたもちとおはぎ』のあれこれ………少しわかったような気がします。でも、行事食の世界は、まだまだ知らない事ばかりなんだろうなあ—。
京都では、春のお彼岸が終わると、端午の節句の「ちまきや柏餅」。
そして、夏越の祓(なつごしのはらえ)には、白いういろうの上に甘く煮た小豆の「水無月」も登場します。
やがて夏本番、祇園祭のハレの舞台は「鱧料理」に「鯖寿司」です。
P.S. 2025年1月18日、都内の仙太郎さん。
☆お彼岸とお花見
『ぼたもちとおはぎ』を投稿する前日、訪れた都内の仙太郎さんの店頭に、おはぎと一緒に桜もちや花とだんごがお目見えしていました。
この数年は桜の満開がとても早いですね。2023年の京都の桜の満開は3月24日でした。
もしかしたら、今年は、お彼岸とお花見が一緒になってしまうかも??………食いしん坊『京都スケッチ』の折詰は、そんなテーマにしてみました。笑