由兵衛さんと京都の鱧
ⅰ 鱧
もうじき訪れる夏越の祓(なごしのはらえ)。それは1年の半分が過ぎる6月30日に、半年間の身に溜まった穢れを落とし、残りの半年の息災を祈願する神事です。
御所西の護王神社でも、この期間、参拝者が無病息災を祈願する茅の輪(ちのわ)くぐりが見られます。
ススキで作られた人の背丈の倍ぐらいある茅の輪は、正面から最初に左回り、戻ったら今度は右回りと8の字を描くように3回くぐるのが正式なやり方だとか。https://www.gooujinja.or.jp
そして一年の後半を迎える7月、京都は祇園祭の季節です。
今年のくじ取り式は7月2日の10時からと決まりました。
山や鉾が四条から河原町、御池通を巡行する姿は、夏の京都の風物詩ですね。
ちょうどその頃、老舗の料理屋に「シャリッ、シャリッ」と氷を切るような、あの鱧の骨切りが聞こえてきます。
今回のブログは、東京ではあまり見かけない京都の夏の味覚「鱧」をお届けします。
ところで、「京都の鱧は山で獲れる」って、聞かれたことはありますか?
鱧が海から京都へと運ばれる途中、山中を走る行商人の篭から活きのいい鱧が飛び出してしまうんです。それ知らずに拾った村人は、まだ生きてる鱧を我が家に持ち帰って食べたからだとか……。
海に面したところが少ない京都では、新鮮な鱧が写真の瀬戸内海・八幡浜漁港などから昔も今も届けられています。 https://ehimewazahamo.jp
それでは、早速、鱧料理の老舗『由兵衛』さんの美味しい鱧と京都の暮らしをご覧ください。
ⅱ 由兵衛さんの鱧料理
由兵衛さんを訪れたのは、5月26日夜8時を少し回った頃でした。
木屋町通を右にそれ路地を少し入ったところに由兵衛さんはあります。
予約をしていなかったので少し心配しながら暖簾を潜ると、中から「どうぞ」と女性の笑顔が。ほっとしてカウンターの席に腰かけました。
注文したのは お付き出 お造り4種盛り 焼き物2種 油物 鱧鮨 鱧しゃぶ 雑炊又は煮麺 水物 でした。
実は、由兵衛さんへ向かう車中、こんな鱧の口を描いていました。
大きく裂けた口。犬歯のような鋭い歯は口の周りだけでなく、上顎にもついています。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』を彷彿させるグロテスクな姿………どうしてあのご馳走に変身するのか、謎多い鱧の世界に内心ワクワクしていました。
はじめに出てきたのは、付き出しと鱧のお造りでした。
もみじおろしと葱を添えた鱧の皮は、ふぐと変わらない食感……鱧もこんないただきかたがあるんですね。
調理したばかりの「鱧の落とし」は抜群の弾力。
開いた花びらの隙間に、蓼(たで)醬油や梅醤油の風味とコクがしみ込んで本当に美味。
ご主人が鱧切り包丁を見せてくれました。
職人技の「鱧の骨きり」。
包丁の重さで鱧を切ると教えてくれたのですが、鱧の骨って3500本ぐらいあるらしいです。料理人は一寸(3.03cm)の間に22から24の切り目を入れるとか。そんな簡単なことではないんですよね。
こんがりと焼き目がついた鱧をいただきました。強い火力で旨味を閉じ込めてしまうから、脂がのってあっさりした白身魚とは一味違っています。
続いて鱧の焼き物が登場しました。
よ~く見ると、もみじの葉っぱからアユが顔を出しています。
宮中で昔から好まれていた川魚のアユと、京都人が編み出した骨切り技術で夏の定番となった海魚の鱧。
どちらから食べようか、ついつい迷ってしまいます。
アユ料理も人気の京都では、産地の美山が5月31日、上桂川は6月16日にアユ漁を解禁します。
御主人にお聞きすると、今日のアユは琵琶湖のものだとか。アユの苦味と甘さのおかげで、鱧がぐっと味わい深く感じました。
ところで、炭火で焼いた鱧とアユ。どちらに軍配が上がったかと思われますか?………それは、ぜひ由兵衛さんで食してみてくださいね。
そして天ぷらの鱧。お品書きにあった「油物」とは「揚げ物」のこと。
サクッサクッと口の中で心地よい鱧。写真の大葉で巻いた鱧は、大葉の香りが絶妙でした。
それから、稚アユに、トウモロコシと小海老の天ぷら。
子供のアユをこんな風にいただくのはちょっと贅沢な気もしましたが……トウモロコシと小海老は、天ぷら陣の中では「1番」でした。
海老の香りとプチッとした甘いトウモロコシの組み合わせ。もしも鱧がテーマでなかったら、もっとお伝えしたかったです。
最後の揚げ物をいただいていたとき、銅板の鍋に火がつけられ鱧しゃぶがはじまりました。
鱧って意外とどんどんいけますね。
鍋に火が通るのを待つ間、あの先程のグロテスクな鱧の口の話をご主人にしてみたんですよ。
そうしたら、思いもかけず出て来たのが、写真の鱧の口。
ご主人と戦いを終えた二尾の鱧の口、そして三枚におろした中骨がお皿にのってきました。
獰猛な鱧は調理をする時に油断すると怪我をすることもあるそうです。
触ってみると、尖った歯はのこぎりのよう。
でも、この中骨はとっても旨い出汁が出ると言っていたご主人。
温まった鱧しゃぶと一緒に、女将さんが柚子胡椒を出してくれました。
柚子のさわやかな香りにピリッと効いた辛味が鱧しゃぶには打ってつけらしいです。
柚子の皮を剥き その表皮を細かく刻んで、生の青唐辛子をすり合わせると柚子胡椒の完成です。
食べて見ると、本当に鱧にピッタリ!
それから、ぜひ食べていただきたいのが鱧の肝です。
ご主人が仕入れる鱧は60cmぐらいのものが多いとか。なのに、この肝は5cmから6cmもあって。
体がほっかほっか温まる肝をいただいていると、遠い瀬戸内から京の都まで旅をして来た鱧のエネルギーをもらった気分でした。
ⅲ 編集後記
巻き簾で形よくまとまった鱧鮨のカリッとした食感を愉しんでいたら、にゅーめんも出てきました。
好みで雑炊をいただくこともできます。
温かいにゅーめんと鱧の出汁が効いたスープをいただいているととっても幸せな気分で、鱧のすべてを食べつくしお料理は「ジ・エンド」。
ブログを書くこともすっかり忘れ、夜が更けるまでご主人や女将さんと鱧談義は続きました。
デザートにご主人が出してくれたのは、スターフルーツ。東南アジアやカリブ海、フロリダで収穫される果実らしいです。
切り口が五稜星の形をしていて、陰陽師・安倍晴明が人気の京都らしい演出。
至福の時間、ふっと暖簾を潜った時のことを思い出していました。
あの時、ふいに訪れた客を笑顔でもてなしてくれた女性は、ご主人のお母さんでした。
その昔、京都に「一見さん、お断り」という言葉がありましたが、ここにはそんな気取った雰囲気は全くありません。
手際よく料理をつくる三代目ご主人と女将さん。配膳にまわってお客さんに笑顔を絶やさない二代目当主と女将さん。
暖簾を繋ぐ京都の心地よい風を感じながら、美味しい鱧をいただいた一夜でした。
梅雨の水を飲んで旨くなると言われる鱧。これからが本番です!
由兵衛さん 京都市下京区西石垣通四条下ル斎藤町118(京都河原町駅1B 徒歩1分 075-351-1053 https://yoshibe.gorp.jp/ )