夕暮れの京の街
ⅰ 夕暮れ時
神宮の空が薄っすらと赤みがかる頃、参道を走り去る車がヘッドライトを点灯しはじめました。
平安神宮
南禅寺の山門は、閉門まで少し時間があるのに人影も疎ら。
昼間の賑わいが嘘のようにしーんと静まり返っています。
南禅寺
どこかで見たような、ほっとする情景に、ふと、あの歌を思い出しました。
♬ 夕やけこやけで日が暮れて 山のお寺のかねがなる お手々つないで みなかえろ からすといっしょにかえりましょ…… ♬
南禅寺参道の湯豆腐『順正』
中村雨紅(うこう)の詩「夕焼け小焼け」ができたのは、1919年(大正8年)でした。
雨紅が故郷の東京府南多摩郡恩方村(今の東京都八王子市)をイメージして書いたこの詩を、子供の頃に口ずさんだ記憶がある方も多いと思います。
でも、懐かしい夕暮れ時の風景は、街がどんどん新しくなって、今はビルの隙間からも見ることができなくなってしまいました。
今回の『夕暮れの京の街』は、京都を舞台に、そんな風景にどのくらい出会えるのか、チャレンジする企画です。
ⅱ オフィス街の夕暮れ
観光の街・京都も、オフィスがたくさん集まる五条通は、夕暮れ時、一仕事終わったビジネスマンや得意先回りの営業マンを乗せた車が慌ただしく行き交います。
五条通
三条通。パン好きの京都っ子のお気に入り、進々堂さんの店内から明りが漏れていました。
進々堂さん
帰宅を急ぐサラリーマンも、パン屋さんの前を通ると美味しそうなパンの香りに、つい立ち止まってしまいがち。
といっても、ここはオフィス街。勤め人も旅人も、我が住処へと足早に歩いています。
御所を中心に出来上がった京都ですが、現代人の動きは京都駅が中心。みんなが歩く羅針盤の役割を果たしているのが京都タワーです。
京都タワー
2024年3月、モーター大手のニデックがタワーの命名権を取得しニデック京都タワーと呼ばれるようになりました。
1964年に出来上がったタワーは今年で満60年です。
以前、地元の方とタワーのお話していたら、こんなことをお聞きしました。
タワーは海のない京都の街を照らす灯台をモチーフに造られたとか。
時おりライトアップの色が変わるタワーは、街の喧騒が収まる夕暮れから夜の楽しみの一つです。
ⅲ 建物の明り
京都には、明治や大正の時代に建てられた建物が今も現役で活躍しています。
白川の畔のCACAOMARKETが入ったビル
川端通から祇園花街へと続く入口。
カカオマーケットのお店が大きな時計と零れてくる電球の灯りに、昼間と違うエキゾチックな空間に様変わりしていました。
烏丸通のお洒落な雑貨店(旧・北國銀行)
レトロでモダンな建物がそのシルエットを現す夕暮れ時。
ちょっとした美術館を訪れたような錯覚に、思わずシャッターを押してしまいます。
三条モダンストリート(SACRAビル)
錦市場の少し北、三条通の一角は地元で ″ モダンストリート ″ とも呼ばれています。
ずっと以前からあった京の町家建築と、明治・大正時代に造られた西洋建築が混在一体となっているエリアです。
間口が狭くて奥行きがある町家も、窓の面積が少ない石造りの頑丈な西洋建築も、昼間は中の様子を伺い知ることができません。
夕暮れ時、店内から洩れてくる明りにふと目をやると、お店の中で店主と客が談笑している姿がテレビドラマの一シーンのように映し出されます。
はじめてのお店はなかなか扉を開けるのに躊躇してしまうもの。
お客さんと談笑している女性の姿を見て、今度行って見ようかなと思ったり。
ⅳ 花街の夕暮れ
京都には、五花街と呼ばれる花街があります。
祇園
それは、先斗町や祇園、宮川町や上七軒と呼ばれ、地元では行きつけのお店や、舞妓さん、芸妓さんと愉しいひと時を過ごされる方も多いようです。
四条河原町
かつて一元さんお断りと言われた京都も、世界中から観光客が訪れるようになり、もてなす街へと変化しました。
花街の夕暮れ時は、これから始まるエンターテイメントのつかの間の静けさです。
お客さんを迎える少し前、料理屋や座敷の玄関先には、主の気構えがちょっと顔を覗かせます。
呼び込みのお品書きや、提燈に贔屓にしている舞妓さんたちの団扇。
そんなお店を一つ一つ楽しみながら、今日はどこにしようかなと、酒客は夕暮れの花街を行ったり来たり。
先斗町
夜のとばりがおりると、白い提燈に灯がともりました。
先斗町の提燈の紋章は、鴨川ちどりです。
人がすれ違うほどの狭い路地は、この後、あっという間に人の波で埋め尽くされました。
ⅴ 夕暮れの風物詩
京都には、鵜飼いという夏の風物詩があります。
鵜飼い
嵐山の渡月橋の先、それから宇治橋には、夕暮れ時、鵜飼い舟を愉しむ客が集まってきます。
山の向こうに陽が沈みかけた時、鵜匠と鵜を乗せた舟が動き出しました。
船頭の合図で出発した客を乗せた舟が、一艘、二艘と闇の中に遠ざかっていきます。
そして、篝火が暗闇にくっきりと見えるようになると、いよいよ鵜飼いの始まりです。
鵜が獲物を掴んだ瞬間、小さな舟から大きな歓声があがりました。
鵜匠と見物客の絶妙のやり取りが、暗闇の川面に繰り広げられます。
京都には桜や紅葉のライトアップなど、夜を愉しむ風物詩が数多くあるのですが、夕暮れ時の鵜飼いはまた一味違う物語です。
ⅵ 編集後記
最後に、三条大橋のたもとから四条大橋の方角に撮影した鴨川納涼床の夕暮れをお届けします。
鴨川納涼床
陽が西の方角に沈みかけた頃、空が紫色とピンク色を混ぜたような雲に覆われました。
鴨川に突き出た納涼床の奥座敷の明りがうっすらと見えます。
きっとお店の中は、お客さんを迎える支度に大忙し。
それからほんの数分ほど……空はピンク色の雲から青色に変わりました。
刻一刻と変わる納涼床の風景。
川辺に突き出た床に明りが灯ると、建物全体が、まるで演劇の舞台装置のように浮かび上がってきます。
そして、3枚目の写真。
夜のとばりが下りるほんの一瞬、空も川面もマリンブルー一色になりました。
今回お届けした『夕暮れの京の街』。
雨紅が歌った「日が暮れて山のお寺の鐘が鳴る」夕焼け小焼けの風景を、京都の街に見つけることができたでしょうか?
子供の頃に聞いた「夕焼け小焼け」のメロディーをあらためて聞くと、いろいろなことが走馬灯のように浮かびます。
遊び仲間と別れる寂しさや、家族が待っている家に帰る愉しみ、日が暮れて真っ暗闇になる不安と、家の明りが恋しくなったこと……。
観光の街・京都は、昼間はお寺や神社の参道、料理屋さんやファーストフードのお店、ショッピングやお土産屋さんと、どこに行っても盛況で活気に溢れています。
でも、お寺の門が閉じる夕方5時ぐらい、人影がまばらな参道は昼間の賑やかさが嘘のように、静かで穏やかな京都に変わっています。
世界中の観光客が集まる京都。でも、夕暮れ時はまた違った顔をしていました。
それは、どこか故郷の懐かしい風景と重なっていて、ほっとする空間です。