源氏物語のあじさい寺
ⅰ 梅雨の京都
今年、京都の梅雨入りは、いつもの年より一週間ほど早い5月29日でした。
5月の梅雨入りは、2013年以来、10年ぶりになるんですね。
ジメジメした湿気や蒸し暑さで、何となく気分がすっきりしない梅雨の季節。しとしと降る雨に、一日の予定も思うようにはかどりません。
晴れの日が続いて、思わず体を動かしたくなるような夏祭りの季節まで、もう少し我慢しなければ……。
そんな梅雨の季節、少し大きめのカラフルな傘をさして、街中のアジサイを見て歩くのはいかがでしょうか?
普段見かけるアジサイも、よーく観察すると、知らなかったことに気がついたりして、ちょっとした気分転換になるかもしれません。
全国には、北海道の有珠善光寺、仙台の資福寺、鎌倉の長谷寺、千葉の本土寺………など、都道府県の数を優に超えるアジサイの名所があります。
京都も、アジサイでは他府県に負けていません。笑
大原三千院、藤森神社、善峯寺、梅宮大社、そして三室戸寺(みむろとじ)………地元の人から、「あじさい寺」と呼ばれ親しまれているお寺や神社は、意外と多いんですね。
今回は、たくさんある京都の「あじさい寺」の中から、源氏物語の「宇治十帖」で有名な三室戸寺を訪ねることにしました。
ⅱ 三室戸寺とアジサイの歴史
三室戸寺へ歩いて行くとしたら、京阪宇治線の三室戸駅か、JR奈良線の宇治駅になると思います。三室戸駅からだと、15分ぐらいでお寺に着くことができます。
京都府宇治市の莵道滋賀谷(とどうしがたに)にある三室戸寺の創建は、770年から781年の頃だと言われています。
この「とどう(莵道)」という呼び名は、平安時代、宇治全体を指す名前として使われた由緒ある地名でした。
三室戸寺は、別名「花の寺」とも言われ、境内にある「与楽苑」は、4月下旬から5月上旬が「つつじ園」に、そして、アジサイが終わる7月には、「ハス」の花が咲きます。
紅葉の季節には、イロハモミジが綺麗で、四季を通じ鮮やかな境内が眺められます。
宇治は、平安時代の頃、貴族の山荘が多くあった場所でした。
紫式部が書いた「源氏物語」54帖(じょう)の最後の10帖は、ここ宇治が舞台になっています。
宇治10帖は、主人公「光源氏」がなくなった後の、光源氏の子「薫君(かおるのきみ)」とその恋のライバル「匂宮(におうのみや)」、二人の間で三角関係に苦しんだ「浮舟(うきふね)」の物語です。
物語に登場する「宇治山の阿闍梨(あじゃり)」は、ここ三室戸寺が舞台だったと言われています。
京都駅からみやこ路快速に乗ると15分ほどで到着する宇治。お時間があったら、源氏物語ゆかりの地を散策するのも楽しいと思います。
宇治上神社、橋姫神社、宇治川の夢浮橋、蜻蛉や宿木の碑など、宇治10帖の物語に登場する場所が半日ぐらいのコースで散策できます。
写真の紫式部の像の向こうに見える宇治橋はとても大きな橋です。
物語の中で、薫君と匂宮の板挟みになり宇治川に身を投じた浮舟。
宇治川の荒々しい水の流れを見ていると、つい物語の世界に引き込まれてしまいます。
ところで、アジサイが咲く季節、与楽苑は5000坪の園内に50種類以上、20,000本のアジサイが次々に満開になります。
ゆっくり、アジサイを楽しまれる方は、開門する8時30分から11時ぐらいまでがお勧めです。
それから、とてもご熱心なご住職がいる三室戸寺には、境内に参拝して欲しい場所がたくさんあります。
狛犬ならぬ、狛牛、狛兎、狛蛇で昇運祈願をするのもその一つです。
高さが150cm、幅が90cmくらいもある御影石でできたうさぎは、とても人気物でした。
うさぎは、大きな球を抱いています。
この球の中に卵型の石が入っていて、それが上手く立てば、願いが通じるそうです。
ハスにのっているのは、宇賀神と宇賀神に巻き付いている蛇です。
ある日、村人に殺されそうになったカニを、村の娘が助けたことがありました。その後、娘が蛇に連れ去られそうになった場面に遭遇したカニは、娘を助けるために蛇を退治します。
娘は、カニに感謝しながら、蛇の供養のために宇賀神を奉納したと言われています。
蛇の尾には金運が、翁の髭には健康長寿の御利益があるそうです。ぜひ、御利益を授かってはいかがでしょうか…………。
創建が770年頃とされる三室戸寺ですが、「あじさい寺」としての歴史は、そんなに昔ではないようです。
実は、20,000本のアジサイが咲く与楽苑が完成したのは、1989年(平成元年)。
今から30数年ほど前の事でした。その時のご住職のお話が、『そうだ京都、行こう。』にアジサイ園の秘話として紹介されています。( https://souda-kyoto.jp/blog/01103.html )
1200年以上の都の歴史がある京都。でも、他の「あじさい寺」も開園したのは、昭和や平成の時代になってからのようです。
どうしてかな? と思って、その歴史を調べて見ました。
奈良時代に編集された『万葉集』の中には、花の木の歌がたくさん詠まれています。1位ハギ(141首)、2位ウメ(118首)、3位マツ(79首)、4位タチバナ(68首)、5位サクラ(50首)………たくさんの歌がありますね。
アジサイはどうかというと、その歌は、2首しかありませんでした。
https://www.flower-db.com/ja/features/plants-and-trees-mentioned-in-manyoshu
その傾向は平安時代になっても変わらず、『古今和歌集』、『源氏物語』、『枕草子』にもアジサイが歌や物語の中で描かれる部分はほとんどなかったと言われています。
どうしてアジサイは、そんなにも不人気だったのでしょうか?
そのヒントが鎌倉の明月院(めいげついん)にありました。
神奈川県鎌倉市山ノ内にある明月院は、臨済宗建長寺派のお寺です。
その歴史を紐解くと、鎌倉時代の名だたる武将の名前が次々と出てきます。でも、明月院をもっと有名にしたのは、「明月院ブルー」と呼ばれる境内に数千本も咲く青いアジサイです。
アジサイのシーズン、鎌倉の明月院や長谷寺は、"アジサイ詣で″ の観光客でいっぱいになります。
実は、ここのアジサイの歴史もそんなに前ではなかったんです。
戦後、物資や人手が不足し、お寺では参道を整備する杭がなかったので、杭の代わりにアジサイを植えました。「明月院ブルー」が有名になったのは、そこからでした。
アジサイは、もともと亡くなった人に手向ける花で、お寺の関係者や檀家さんのまわりで尊ばれた花だったんですね。
ごく身近な人だけに大切にされていた頃は、今のような「あじさい寺」という評判はなかったのかもしれません。
年月を経て、はじめは、参道の杭の代わりに使われていたアジサイも、数が増えたら、青や白や赤の鮮やかな風景がみんなに分かってきます。
日本にもともとあったヤマアジサイだけでなく、西洋からの新しい品種も加わって、お寺はいつの間にか、人が集まる癒しのスポットに変わっていきました。
ⅲ アジサイの不思議。
アジサイというと、「アナベル」や「インクレディボール」のような丸い手まり状の花をイメージする方も多いと思います。
日本では、奈良時代からアジサイは見られました。
現在、日本で栽培されているアジサイは、「ガクアジサイ」、「ヤマアジサイ」、「園芸品種」、「外国種のアジサイ」の4つの系統に分かれるそうです。
「ガクアジサイ」は写真のアジサイで「アナベル」のような派手さはないのですが、楚々として、もしかしたら日本人好みのアジサイかもしれません。
「ヤマアジサイ」は小さな写真のように、少し人里を離れた山道などでよく見かけるアジサイです。
最近は、街中のお花屋さんにカラフルな珍しいアジサイを見かけることがあります。
「園芸品種」のアジサイだったり、ヨーロッパやアメリカのガーディニングで育てられたアジサイも日本に入ってきています。
外国種のアジサイだと、北米原産の「カシワバアジサイ」の品種で一重咲きの「スノークイーン」や八重咲の「スノーフレーク」が有名です。与楽苑にもそんなアジサイを見かけました。
梅雨の季節、空の色も街の景気も何となくグレー。
そんな季節、花色が変わるアジサイを眺めて気分転換をしたらいいなと思います。
実は、アジサイは土が酸性だと青色に、アルカリ性ならピンクから紅色に色が変化する花です。
日本の土壌は、弱酸性から酸性です。
アジサイの花の細胞に含まれる赤みを帯びたアントシアニンが、土の中のアルミニウムと結合しやすく、アジサイは青みを帯びることが多いそうです。
一方、ヨーロッパの土壌は弱アルカリ性だから、土の中のアルミニウムが水に溶けにくく、アジサイに吸収されません。
ヨーロッパから来たアジサイに赤色のものが多いのは、こんなところに理由があるのかもしれません。
それから、アジサイの色の変化には、土が酸性かアルカリ性かに関係なく、こんな事情もあるようです。
それは、アジサイがもともと、花の咲き始めと咲き終わりで色が変わるという性質があることです。
咲き始めは緑白色で、だんだんと品種独自の色に変わり、花の終わりが近づくにつれて緑色になり、最後には赤色や紫色になります。
発色のメカニズムは複雑で、品種の違いも大きく、その全容解明にはまだまだ時間がかかりそうです。
P.S. いつもの年より、一週間か二週間ぐらい、花の成長が早かったアジサイも、7月上旬までは十分に楽しめると思います。
三室戸寺の山門を出て宇治橋の方角へ歩いていたら、「伊藤久右エ門」さんの暖簾を見つけました。
お茶で有名な伊藤久右エ門さんですが、この時期限定の「紫陽花パフェ」がお勧めです。
山歩きで疲れたら、ぜひ「紫陽花パフェ」を召し上がって、梅雨の気分転換の ″ 締めくくり ″ をされてはいかがでしょうか?(笑)
(☆アジサイの写真は、2023年6月13日に撮影しました。)